Hause des XJun III -厚木特殊車輛工厰-

仕事量が増えて模型は進みません(´・_・`) 次は東京AFVの会

 
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投稿者:XJunで〜す
●シロイルカ様、コメントありがとうございました。
>無力化...
これは初耳です(驚)。米軍ならやりかねませんね。
でも、爆発物が海中に潜んでいるのは気味が悪いし、それ以前に敷設された機雷は磁気機雷だったり、回数をカウントして爆発するものがあったりして、戦後の掃海は必要だったんでしょうね。

ちなみに、父の話では親戚縁者で一人掃海中に亡くなった人がいたそうです。(痛)
投稿者:シロイルカ
>機雷
記事の本筋とは別ですが終戦間際にB-29から投げ込まれた機雷は20年9月に無力化するように時限装置が付いてたらしいですね。
本土上陸作戦の予定期日に合わせたためとか・・・
投稿者:XJunで〜す
●hagu様、コメントありがとうございます。
また、トラックバックしていただき、ありがとうございました。

>ニューギニア...
hagu様の仰る通り、ニューギニアに派遣された皆様は敵と闘う以前に、疫病・飢餓から身を守ることの方が大事なくらい、大変な所だったと伺っております。

ご母堂様のご快癒を祈念しております。

>麦焼酎...
お心遣いありがとうございます。
元は好物であったのですが、ここ10年来服薬の関係でアルコールを控えておりまして、お気持ちのみありがたく頂戴いたしたくお願いいたします。(合宿で寝る直前に少々いただきましたが、本来は反則でありまして、薬が効き過ぎて危ない場合があるとのこと)

>独歩...
昭和20年ともなると、本文に記しましたとおり、四国から外には出られず、正規の師団とするほどの兵力も無く...というのが実態だったのではないかと思います。
もっとも、高知県ほどではありませんが、太平洋に面している場所でしたので、緊張感はあったと思います。

戦後、「復員省」で臨時憲兵隊で勤務していた時の話もありますが、それは別途ご紹介していきたいと思います。

また合宿か何かでお会いできることを楽しみにしております。
投稿者:hagu
なんとも躍動感ある独軍迫の情景、
御父様は重擲配属であられましたか!
独歩は豪傑が多かったと聞いております♪

父はニューギニアで第一遊撃隊ムミ支隊という後方攪乱を任務とした遊撃部隊でしたが、皆マラリアに冒され戦うよりも糧食探しに明け暮れていたそうであります。
戦後、部隊長が雑誌「丸」に投稿され、父が夜中に兵站の米を徴発に行った様子が実名で(汗;)

時に麦焼酎は大丈夫でありましょうか?
(もし母が無事退院の暁には皆様にお送りしようと思っております♪





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