大津波(2011.3.11)  震災・災害

藤田養魚さんに金魚を買いに行って、あの大津波の時の光景を思い出しました。
あの大津波の時、たまたま藤田養魚さんのすぐ近くにいたのです。

もしもあと30秒早く橋を渡っていたら、戻るのに間に合わず、きっと流されていたと思います。

2011年3月11日、午後3時58分、藤田養魚さんの前方南300mくらいの所。
百間橋の手前の位置です。

最初に目に入ってきた光景。
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前方を見ると小泉川と宇多川の水面が盛り上がっていました。
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土砂を巻き込んで寄せてきているので、水は真っ黒。しぶきも真黒な霧のように背後を閉ざしていました。
カラスの群れが降りていましたが、彼らは翼を持っているので余裕があるらしく、水のスピードと戯れているようにも見えました。
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翌日12日午後5時ころの撮影です。
水没しているハウスのすぐ左側に藤田養魚さんの養魚用プールがありました。
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道をはさんで反対側の様子。
写真右側奥のブルーのネットの所が藤田養魚さんの釣り堀だったところ。
現在はまだ復旧していません。
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水没している12日の写真は、どんなふうにしてこの地点まで辿り着いたのか思い出せないんですよね。不思議です。

小泉川か宇多川の土手を歩いて行ったのかしら。










2014/3/28  19:51

投稿者:ohtomo

生々しい画像ですね
たぶん、カエデさんのことだから、震災時もどこか海岸沿いにでもいたかと思ってました
後で、無事がわかりホッとしました

藤田養魚さんは初めて聞きましたが、あのイチゴ団地付近なのでしょうか
私は3年前の今頃、津波後はじめて相馬を訪れました
イチゴのハウスも波が被ったとこは当たり前ですが、全滅でしたね
まだ水が引いてませんでした

2014/3/28  7:49

投稿者:カエデ

空さん

おはようございます。
今日は夏の朝のような雰囲気ですw。

あの日、こんなにもご心配いただき、本当にありがとうございます。
震災当日も翌日も原発事故のことは知らずに沿岸部を歩きまわっていました。
知ったのは暗くなって帰宅してからでした。
車のラジオは聞いていたはずなのですが、、、。

2014/3/27  23:53

投稿者:空

当時、6号線からの近さを思うと、カエデさんの家も被害に遭ったに違いないと思い、「どうしよう?」とおろおろしてました(>_<)
無事で何よりでした(^_^)v

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