俳句的日常 別室

 

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投稿者:TENKI
俳壇や俳誌のことにはうといのですが、編集部による予選という「問題」についてははちらほら聞きますね。

以前、俳句界という雑誌で、本選を任された俳句の先生が、十何篇かそこらしか読めず(予選でたくさん落ちたのですね)、しかも無難な句ばかり。もっと読ませろとコメントしているのを読み、笑えました。

編集者の質の低下というところは、ちょっと微妙です。編集者には、ほんとうにいろいろな方がいらっしゃいます。それは事実。誠実・不誠実、有能・無能。世の中にいろいろな人がいるのと同様に、いろいろです。

ひとつ私が心配することがあります。俳句は、担い手の高年齢化というだけでなく、リタイア後の余暇という側面が強まっているように思います、それはそれでしかたないことなのですが、俳誌もまた、総合俳句誌・結社誌を問わず、同様の事態、すなわちリタイア後の「悠々自適」の編集によって支えれられることになれば、これはもう世間とは寸断された養護施設状態になるのも自然なことでしょう。このへん現実として、とても難しい問題ですが。
投稿者:大江進
「審査員や選者こそが試されている」にまったく同感です。たし
かに俳句の選は主観的なものなので万人を納得させることはあり
えないと思いますが、それにしても程度問題。選者の読解力、ひ
いては作句力を疑うようなお粗末な選が少なくないと感じます。
 大きな俳句賞の場合は「予選」があり、本選と違って誰がどう
やって選んだかまったく公表されないことが多く、そこに商業的
あるいは俳壇的配慮が強く働いている。つまり作品の出来不出来
よりもそれ以外の理由が幅を利かしているのでは思うことがしば
しばあります。中には露骨に出来レースの様相を呈しているもの
も。
 それと本選の選考過程が詳しく紹介されている場合に、選者の
発言に明らかな間違いや失言が散見されることがあります。ライ
ブではないのだから編集段階で直せばいいと思うのですが、これ
は編集者の質も低下している証拠と考えていいでしょうね。

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