2007/11/9

オウム事件の人身被害者の救済を。  カルト・宗教・犯罪

2007.10.10に、院内集会があったことはここでも書いたとおりです。
いろいろな動きがありますです。
下記にその集会での私の発言を転載します。

あたらな被害者救済の一般法は、遡及しては適用されいないものですし、
テロ事件しかも国に向けてサリンまで使った無差別大量殺人事件であるオウム事件
については、まさに特別法にて救済すべきものだと思います。

法律的にも、この件では、破産手続きが進行していたところ
・税にも優先すべきと特別法で破産債権部分が確定していて
・それも残約25億円と明白ですし、
・その被害者らは、確定した判決文と同じく破産手続で認容された債権を持ち
・その配分も破産管財人が法的権限をもってでき、
・法律も破産財団への支払いという形で簡易にできるので
まさにあとは政治決断だけだと思います。

ちなみに、集会での写真入の全報告書のデータがあるのだが、どこかのサイトで出してくれないものかなぁ、どうすれば出せるのかしら。1万キロバイト以上ありまして。
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○滝本  滝本サリン被害者であり生き残った者です。今のオウムの状況を申し上げます。オウム集団はアーレフと名を変えましたが、大きく「ひかりの輪」が出るなど分裂が始まり、アーレフは更に分裂していくだろうと思われます。

オウム集団の現状、「子どもの過激派」と「大人の過激派」
先日テレビで、アーレフが「タントラヴァジラヤーナ」「ポア」の麻原説法をまた利用し始めているとの特集がありました。あれは実は7月の映像でして、あれを放送しようとする過程の中で、オウム側は放映させないようにする仮処分までやってきたんです。もちろん却下されましたが、事前に裁判をする、そんな力もまだあります。まだ嵌ったままの人たちです。あの人たちは「子供の過激派」です。アーレフの原理派は子供の過激派で、いけしゃあしゃあとああいうことをやってしまう人たちです。私には「ポアされなくて残念でしたね」と言ってしまうんですから。

しかし私は、それに勝るとも劣らず、麻原隠しを続ける「大人の過激派」、上祐が支配するひかりの輪のほうこそ心配しております。5年、10年、20年後も残ってあれば、大人の過激派が動き出す蓋然性がある。先日、上祐の下の人、弟子に直接会ったんですが、本人の言うには上祐が「私のグルはやっぱり麻原尊師です」と言ってくれるのを皆もちろん待ってますよと、正直な話でしてね。そういうものです。つまり、オウム自体がこのままではまだ残るということです。国としてオウム集団に対して債権をもつということは、その観点からも大切なことなんです。

麻原の考えたこと、してきたこと。「テロと闘う」と言うならば
 振り返ってみると、1995年3月、殺されるはずだったのは、失礼ですが、国会議員の先生方であり内閣の方であり、高級官僚の方だったんです。先生方には申し訳ないですけど、ほかの先生方や幹部の人にも是非、伝えてください。
麻原は、もともと1990年5月、ボツリヌス菌毒素を国会周辺に撒いています。撒いた人自身に私は聞いております、当時は出来損ないだったから何もなかった。しかし、1993年からサリン、そしてVX、タブン、マスタードガス、ホスゲン、それからLSDや覚せい剤も作れるようになった。
そして「1995年11月、戦争」。オウムは、AK(アーカー)1000丁を作ってそれで国会に乱入するつもりだったんです。一丁は一応完成していたから、あとは時間の問題だったんです。その直前にはサリン70トンを東京の上からまくつもりで、ロシアからちゃんとヘリコプターを買ってきているんです、本当に。「ポア」として300万でも400万人でも殺すのもいいことだという考えなんです。その上で、国会内で生き残っている人たちを殺して国を盗る、「平成」ではなく「真理元年」にする、そうやるつもりだったんですから。

まして少なくとも地下鉄サリンは止められた事件なんです。捜査に入る前に幹部、特にシークレットワークの井上や中川被告について十分な監視をするよう、私は1994年11月から何度も要請してきたんですから。ところが1995年3月22日の強制捜査を見越して地下鉄サリン事件が起こされたんです。地下鉄サリンがあったから強制捜査があったのではないんです、逆なんです。まともに監視していれば止められた事件でした。
 空想的であっても国を支配する目的だった、そのための事件だったというのは、そのまま死刑が確定した麻原の東京地裁判決でも明言されているんです。しかし単なる空想ではなく、化学兵器サリンまで製造使用して国家を標的としたんです。松本サリン事件の被害者も、裁判官の代わりに殺されているんです。国が支配される代わりに死んだんです。

ですから、国はやっぱり、殺された人の命は戻らない以上、少なくとも民事補償はしないと。国としての正当性が問われていると思います。テロと闘うというなら、まずテロの被害者を救済しないでどうするんだ、と思います。そんな法律を作らないままに「テロと闘う」なんて言わないで下さいと、強く強く感じています。お願いします。
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2007/11/15  1:29

投稿者:takitaro

こんばんはです。
書き込みありがとうございます。
カルト事件は
「悪意の殺人かは限度があるが、善意の殺人は限度がない」であり
「善意の搾取は常識と限度がない」
「善意の奉仕要求は常識も限度もない」
であること、
また大和神社−紀元会にあるように
「善意の暴行は限度を知らない」など、
広く知られれば良いなぁと思います。

2007/11/12  23:48

投稿者:M

こんにちは
昨年に引き続き、今年もJSCPR研修と、懇親会に参加させていただいた者(元創価2世の女性)です。

中華、美味しかったですね。

今年の「犯罪被害者週間 国民の集い」について調べていたら、中央大会がサリン事件の被害者の会の方の講演ですね。
こうした講演を機に、宗教問題の認識と支援のネットワークがとれるよう願いたいと思います。

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