2021/7/4

松本サリン事件から27年余り  カルト・宗教・犯罪

27年前の1994.6.27の夜
 松本サリン事件の時は、犯人がオウムとは思わなかったなあ。教祖のサリン説法−攻撃されている、いつかは戦い−など知っていたのに、バカ話がやたらあるオウムにあって、サリンなど作れるはずがないと思っていた。

 裁判官宿舎でも被害があったと直ちには知らなかった。とある出家者の親御さんは、その夏にはあれはオウムではないかと言っていたのに。

 それが、警察対応が遅れてしまった原因の一つかもしれないと思うと、つらい。後になって分かったが、その純度60数%の「青い色のサリン」では、松本サリン事件の1か月余り前、1994.5.9、あの「空中浮揚写真」が主たる原因で、まずは自分が攻撃されていたのに。

 1994.7薬物使用、1994.10.26には内部の何人もの薬物(後にLSDと確定)副作用や温熱修行での何人もの死亡、50度熱湯での虐殺事件死亡を知った。

 上九の土壌鑑定は、1994.9.20の江川さん宅ガス事件を経て、神奈川県警が言い出したようで、住民が訴えていた場所の土壌を検査、メチルホスホン酸モノイソプロピルが出た―確実にサリンが製造されている―と判明した。1994.11と聞く。
 そこで、全国の警察あげての大規模捜査が12月末にはきまる。私にも知らされ、いくつかの事件の調べが進んだ。

 1995.1読売新聞の副生産物が上九で出たとの報道あり、1.17の阪神淡路大震災で延びた。2.27に仮谷さん事件、3.15が霞が関駅のアタッシュケースからの上記噴出事件、「戦争が始まっている」とのオウムチラシ、3.20の週のに強制捜査と知られる中、3.20に地下鉄サリン。

 教祖らは、私が内部虐殺も知っただろうことを知り、8月には上九の竹内さん宅・岡本さん宅・公民館そして私の自宅に盗聴器を仕掛けていた。この秋、更に私の自宅駐車場の自動車にVX入りポマードを塗り、又11.4にはボツリヌス菌入りジュースを飲ませた。

 自宅は、江川さん所ともども10月上旬から24時間警備となった。後に「新実が来て家の柵を越えようか悩んでいた、あの時越えて逮捕したら手柄だったのに」と聞かされた、何とも。

 教祖らは、「11月危機」とかいっていたかな。後に知ったが、富士吉田警察署等の駐車場に自動車を置き、出家者がいつも乗って監視させていた。警察は出て行けと対応し、道路においたりしたと。当時警察から聞き、また後に乗っていた人から聞いたこと。


下記は、2021.6.27の信濃毎日新聞―1週間過ぎたからいいだろうと。ご容赦を。
クリックすると元のサイズで表示します
8



2021/7/13  13:25

投稿者:友北

専門家を名乗る被害者さん
−私、自ら選んで被害者になったのではないですがね。そして、オウム集団につき厳しく本質をついてみてきたから、しつこく攻撃されたものでもありましょう、つまりあたっているからだと。
−私への脅迫事件につき、長男さんに申し訳ないことをしたことはその通りで謝罪を重ねてきました。ほんと申し訳なかったです。この8月4日に判決となります。
>山田さん
蘇南湖と言われたのは初めてです、うーむ。昔の顔を知っている人から、老けたなあと言われてしまいましたあ。
滝本先生イケメン過ぎます!!

2021/7/5  11:31

投稿者:山田

滝本先生イケメン過ぎます!!

2021/7/5  10:20

投稿者:専門家を名乗る被害者

被害者は専門家になれないのでは。それって、当事者では。
憎しみがなけりゃ、本人関係ない息子にあんなヌレギヌ着せてさらしもんにしたりしないだろ。ウソもデタラメも許されるのは、被害者だって言い続けるからだろ。一番危ういのは誰だってね。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ