2020/9/12

「安楽死」―くらんけさんと  日常のこと

「安楽死」―くらんけさんと

ツィッターで、「尊厳死」「安楽死」、その限界はどこにおくべきか、考えさせらせれた。
スイスは、死期が近い場合でなくても、認めているんだなあ。


Kaoru_UDA@スイス在住記者 @SHINJO55 9月8日
くらんけさんの記事、近況を追加して更新しました。
2019年末に配信して以来、日本語サイトでは常に読者数トップ、10カ国語全体でもコロナに次いでトップの人気記事です。

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スイスで安楽死の権利を得た日本人が思うこと- 下記リンク先の記事です。
https://www.swissinfo.ch/jpn/%E6%AD%BB%E3%81%AC%E6%A8%A9%E5%88%A9_%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%81%A7%E5%AE%89%E6%A5%BD%E6%AD%BB%E3%81%AE%E6%A8%A9%E5%88%A9%E3%82%92%E5%BE%97%E3%81%9F%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%8C%E6%80%9D%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8/45451154
重い神経性疾患を持つ20代後半の日本人女性が、スイスの自殺ほう助機関で自死する許可を得た。生死に関わる病気ではないが、生活の質が著しく低い患者が豊かに生きるための「お守り」として、日本でも安楽死を認めて欲しいと感じている。

「ようやく終われる」
「ようやくこれで(自分の人生を)終えられる。ほっとしたというよりもむしろ達成感でした」。
そう語るのは、九州地方に住む20代後半の女性、くらんけさんだ。2019年10月、スイスの自殺ほう助団体ライフサークルから自死を引き受ける旨のメールを受け取ったときのことを、こう振り返る。
※この記事は本人と家族の希望により匿名とし、病名も伏せました。名前はツイッターのアカウント名です。2019年12月26日に配信した記事を一部更新しました。
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滝本太郎 9月10日
うーむ、「生死に関わる病気ではないがQOL(生活の質)が著しく悪いー。そんな患者にこそ、救済措置の1つとして「死ぬ権利」を認めてほしいと訴える。」

―死に確実に近づくALSとは異なる。実に重い身体障害の人は多くいる。日本で議論の「安楽死」でも認め得ない類型。私は、認められないと考える。

滝本太郎 9月10日
尊厳死の法制化、安楽死の議論をしたいと考える方へ
1、死期が近くない場合、安楽死要件はなく認めてはならないと。重度障害は多く、「自殺する権利」になってはいけない。死期が近いからこその議論だと。
2、まずは「尊厳死の法制化」、そして死期が近い「安楽死」の議論・法制化だろうと、一歩ずつ


くらんけ 9月10日
その場合死にたくても死ねない人は苦痛にまみれ生殺しになるわけですが、それにはついてどうお考えですか


滝本太郎 午後9:00 · 2020年9月10日·
はい、確かにそれは、京都ALS事件の彼女とも似た感覚だろうと推察します。しかし死期が近くない、類似の人は極めて多数います。殺してくれと伝えられた介護者・家族は多数いるだろうと。小さい頃から育ててきた親御さんも居ます。尊厳死の法制化、安楽死の議論からとしか言えず、申し訳ないです。


くらんけ 9月10日
なるほど、ありがとうございます。
介助自殺の権利でも安楽死の権利でも、本人の強い意思がないことには行使できず、それも他国では病名や病状で審査員が可否を決めているわけではないですから、死期や病名、病状を要項に入れる滝本さんのお考えは、個人的に人道的ではないように思いました。


9.26追加
くらんけ 9月22日
最後に、死ぬ権利についてです。
私は、すべての人がいつでも自由に行使できる、ということに反対です。
「私が」思う適応範囲は、
・予後不良の病など有事の時
・自分らしく生きられなくなったとき
(尊厳を守れなくなる前に)
・生きるのが本当に辛いとき(精神疾患)
・高齢になってQOLが低下したとき


滝本太郎 9月22日
改めて纏められたのですね。@判断能力ある場合、A法的な意味での「死ぬ権利」−自殺ほう助罪にならない意味でしょうね。
いざ自分となったら賛同したくなります。
しかし私は先に会話したとおりの理由で、尊厳死の法制化、死が間近い時の安楽死に止まります。
今日も生きているからこそ、会話ができます
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