2020/7/1

自己紹介など  日常のこと

私が今、何を話せるかと問われ、考えました。順不同で下記のようなところかと。多くはレジュメ化もしてないがブログなどで随時まとめてきた。幾つかの課題では本に著すよう求められてきたが、意義あるものとしてかつ読みやすくまとめるのは大変であり、かつ本自体は既にさほどの影響力もないので、挫けたまま。

@「なぜ日の丸9条の会なのか」とか
A「改憲問題―うったえかける相手とは」とか
B「人も課題も、100かゼロではない」とか
C「カルト問題―支配と服従―」とか
D「オウム真理教と事件の経緯、知るべきその中の笑い話」
E「マインド・コントロールの手法―それを"溶く"ということ」
F「死刑についての一考察―法廷とメディア、ネットで発言を続けてきて」
G「メディアと対応方法で思うこと」―一般事件、オウム事件、やまゆり事件で感じたこと
H「立場を入れ替えてみるということ」―弁護士経験と年を重ねて
I「50年余り前から電話を使わねば仕事も社会も動かない、いまネットSNSを使えねば社会は動かない」―FB、ツイッター経験から
J「準司法官―検察というものの功罪」
K「日本共産党の変わってほしいところ」ーその歴史形成責任
L「無責任な一部知識人という問題」
M「やまゆり園事件裁判―被害者参加弁護士として体験したこと、考えたこと」
N「事件報道の匿名性について」―メディアや市民は「加害者」「被害者」の名前を知る権利を持つか否か。
O「人とは何かーきれいごとでは事件にも被告人に迫れない」
P「安倍政権が日本社会と若者の心理をこう変えてしまった」
Q「離婚すれば全ての片親は親権を失う、はもう維持できない」


1957年生。早稲田大学法学部卒、神奈川県職員、1983年4月から市井の弁護士。オウム真理教被害対策弁護団外、日本脱カルト協会理事・事務局事務所
1989年11月4日未明、友人坂本堤弁護士と妻都子さん、生後1歳二ヶ月の龍彦君が行方不明になり(1995年9月惨殺されていたことが判明)、同弁護士が闘っていた破壊的カルト集団オウム真理教と相対し脱会カウンセリング活動など、最終解脱の証明である空中浮揚写真も撮る。1994年5月9日甲府地裁で自動車にサリン攻撃されたが空気は車内循環のため生存。95年3月の地下鉄サリンの後、オウム真理教脱会者に集まり「カナリヤの会」の窓口。2012年平田受刑者をかくまってきた女性を出頭させ刑事弁護、教祖四女の遺骨受領などの代理人、2020年3月死刑判決が確定の「相模原重度知的障害者多数殺傷テロ事件」の被害者美帆さん遺族参加弁護士、もちろん市井の諸々の事件をしてきた。


著作に、
「マインドコントロールから逃れて」(共編著、恒友出版)1995年、
「破防法とオウム」(共著、岩波ブックレット) 1996年
「宗教トラブル110番」(共著、民事法研究会)2015年
「オウムをやめた私たち」(カナリヤの会編)2000年
「異議あり!奇跡の詩人-ドーマン法、FCの真実」(共編著、同時代社)2002年共編著


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