2020/6/18

教祖麻原の仮想手記 1995.9.20  カルト・宗教・犯罪

教祖麻原の仮想手記 9枚 1995.9.20放送

1995年3月22日の強制捜査の前後2年間、オウム集団については、TBSのスペースJという番組が最も先進的だった。

なにせ、1994年秋、上九一色村の第7,10サティアン近くの家から盗聴器が発見され警察に届けられたのだが、他のところの2つを発見したのは(ついでにオウム施設内にもあったようで番組がオウムに電話をしていたのは笑い話でもある、教祖の指示にて。)この番組が依頼した処であり、私との電話では富士吉田署は自分のとこにもセットされているのではないか、と心配していたなぁ。


で、1995年9月20日の番組では、教祖の気持ちになって手記を書いてくれないかと言う話があった。私と福島章氏、浅見定雄氏の3人に依頼された。私は、私なりにその段階で確認できている事実関係をもとに記載した。


それは、「カナリヤの詩」サイトにある私の、警察あての1994.11.2と1995.3.13の上申書の延長上にあります。下記であり、そちらも参考にしてくださいませ。
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/siryou1.html#資料4
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/siryou1.html#資料5

今回、書類をめくっていたら、たまたま私が書いた仮想手記が見つかった。パソコンではなく、ワープロ原稿です。写真モードにて、紹介します。

私の仮想手記の〆は、「私のことを愛してくれる人は、私しか居なかったのです。」としたが、いつか自分も死んだら会えるような気もしていて、色々話してみたいと思う。


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2020/7/11  10:55

投稿者:k

この掲示板は滝本先生のもので、まずルールを守らないのをお詫びします。
まず信仰について、私も某宗教団体に所属していました。やはり、自分に自信がもてなくて救われたいと思ったので入りました。ですが、入信して言われたことは、これは絶対的真理だから(その説明は今考えたらあいまい)本を何冊買え、人を集めてこい、行事に誘え、それが救いだというので商売の匂いありありだったので、嫌気がさして辞めました。それからは、他の団体に入ることをしてません、ですがそれ以降勧誘は多く、いろいろ社会問題になってる宗教に目的も告げず訪問され一回家に言えたら最後、ストーカーのようにされたこともあります(この宗教にオウムの宮崎拉致事件を擁護された記事をよんだ)宗教団体で、幸せどころか生活に支障が起きつらい経験をしました。これらの経験から、宗教は神様のもの、宗教団体は人間がやるものと考えています。目に見えない何かとだらしないけ自分だけど、自分を信じて生きていきたいなと考えています

2020/7/10  12:28

投稿者:匿名

この掲示板のルール保存じていますが、もう一筆書かせてください。

kさんへ

Kさんは何か信仰されておられますか? もしくは信仰経験はお有りでしょうか? 無理に答えなくても結構です。
一度、そうした経験があるとなかなか宗教から抜けられない、と言いますか、他の教団を探す方もおられると思いますが、私の場合、後者でした。信仰体験を自分の中で総括するのは結構大変な作業であるのです。そのことを知っていただきたかった。

現在は禅宗をやっておりますが、そう危険性はないにしても、おいそれとは他人に勧められない自分があります。それは過去の信仰の挫折があるからです。俗に言うトラウマなんでしょう。

だから、今も後継団体に残ってやっている人たちの気持ちも分からないではない。けれども結果が出ている以上、認めないといけないのではないでしょうか。これが残ってやっている彼らやこれから入ろうとする人、カルト化しそうな団体に対して私が言える最大の事柄です。今の私にはこれ以上はまず無理に思います。

検証のために、元幹部の上祐氏のやっている「ひかりの輪」という団体の会を覗いたことがありますが、麻原色は除いて入るものの、何かぎこちない感じもした。上祐氏が教祖なわけです。話の中では危険性は感じませんでしたが、ここも解散を求められており、当然だと思います。何らかの形できちんと働いて、謝罪、償いをすべきなんです。教団まがいのものを作って、それによって得た利益で被害者補償など誰も求めていないと自分は思います。

信者の責任を言われたことは実は他でもありまして、その度に自分なりに考えてきました。一時期(1990年代後半、事件直後)、被害者向けの救援団体に寄付したことはありますが、今は出来ない。だからこそ、事業を起こしたりしている元幹部らを雲隠れさせてしまって良いのかという思いに駆られるのです。

長くなりました。多少なりとも、私の気持ちを分かっていただけると幸いです。

2020/7/3  13:22

投稿者:k

元信者さんで、もう一つ御気の毒なのはオウムが結果的にテロ集団だったために純真な気持ちで入信した人も同罪に思われていることです。オウムに入信させたのは、その純真な思いを利用した麻原と、麻原をおだてりゃおいしい思いができると一部の側近ではないでしょうか。全く検証せずに立派な宗教といって太鼓判押した学者、もち上げたマスコミ、宗教団体の一部は今も「テロ集団を支えた」と苦しんでいる信者の何分の一の苦しみを持っているのでしょうか。匿名さんたちのような方の心が癒されますよう心からお祈りします。そして滝本先生たちがそのような方たちを支えてくださいますように

2020/7/2  12:52

投稿者:匿名

>信者さんのお金が(純粋なものであっても)犯罪に使われた可能性があります。

実際そうなのでしょう。ですから、そのことがいつまでも悔やまれます。

と同時に、起訴されなかったにせよ、脱会して事なきを得ている幹部ら(教団序列でいうと師以上の人たち)に憤りを感じてしまうのです。実情は、お布施のことを含めて信徒(信者)らを指導していたのは彼らだからです。会社で言えば、管理職といった立場でしょう、、、。書籍、ネットに手記を出している人もいるにはいますが、ほぼ雲隠れ状態。特に被害者補償している風でもなし、、、。そういう人たちを信用してついて行った自分が情けないです。

>元信者さんしかできない役割があると思います。

有りますかね? 自分の場合、経済的にもピンチですし。
友北弁護士さんの、その種の活動を応援するくらいしかありませんが。



2020/7/2  11:03

投稿者:k

匿名さんには、全く責任はないと思います。そりゃ高名な学者が褒めたたえたらいい宗教だと錯覚すると思いますよ。信者そのものには責任はないと思いますーオウムを持ち上げるのはいいが、被害者や関係者に聞いてから検証すべきでした。それが学者としての役割だと思いますがー思い出すなあ、サリン工場の前でクルタを着て、神聖な場所だと論文を発表した姿を、その代わりというのも変ですが、もし厳しい言葉をいいますと信者さんのお金が(純粋なものであっても)犯罪に使われた可能性があります。でも、元信者さんしかできない役割があると思います。それはオウムで体験したことをこのような悲劇がないよう伝えることだと思います。そして滝本先生は、その運動を頑張っていらっしゃいます。これからカルトに悩む方の力になってくださいね

2020/7/1  16:12

投稿者:匿名

自分も宗教学者の評価に踊らされて入信してしまった一人です。
麻原教祖以下幹部らが総出で出た朝ナマももちろん見ています。

機関紙(マハーヤーナ)の出来が立派だったこともあります。宗教学者が雑誌で教祖と対談しているのを読んだり、機関紙を購読してみたりして、入信を決めました。いかに自分が活字信仰していたかを今となっては反省しています。(それにテレビが後押しをした)
当時は珍しかったクンダリニー・ヨーガ、ヒマラヤ直伝という謳い文句にも惹かれました。

もうこんな悲惨な事が起きませんように。当時の自分を叱ってやりたいです。

2020/6/24  11:28

投稿者:k

仮想の手記ですが、さすがオウムと戦ってきた先生ですね。鋭いです。最終解脱者と自称しているのに、事件の時はいの一番に逃げ、犯罪は弟子のせいし、病気だと言ってました(拘禁状態が長いので病気は嘘だとは思わないが教祖だったころ病を超越すると言っていたのは何だったのかと思う)ただ絶対に忘れてはいけないのは、オウムを育てた土壌があったこと。行方不明がいたのに(実際は殺されいた)なぜ宗教団体として認可したのか、坂本事件があるのにー赤ちゃんまで犠牲になってるのにTBSはオウムの幹部の脅しに屈して告発番組を取り消し、むしろ称賛する番組を作り、学者たちは大学まで呼び優秀な学生が何人も入信しました、池田昭という学者は名指しでただ坂本事件が弁護団に関わったというだけでJRの犯罪、オウムは宗教による冤罪だと断言しました(全くJRは無関係なんだからJRを冤罪扱いしてるやないの!)島田教授にも触れてますが、これら学者がオウムの被害者とあったうえで検証したのでしょうか。また松本智津夫氏が立派な宗教者と称する宗教団体もありました。宮崎拉致事件を擁護する機関誌も読んだことあります、その結果テロ事件が起きて、自分に対峙する人はもとより(それも絶対いけない事なのですが)何も関係ない人まで犠牲になったというのは言いすぎでしょうか。私はオウムの実行犯であった中川被告が、この事件を検証しないとまた同じことが起こると遺言を残して死んでいった言葉がすべて真実のような気がするのです

2020/6/20  18:08

投稿者:友北

うー、人を殺した直後―と言っても12時間から48時間ぐらい後ですが―の人とまあ10人はいかないけれがあって来たけれど、精神異常はごく一部、多くは「恐ろしい人」でもない「普通の人」でした。普通の人が人を殺すのだと。
私、あの世では、生きている時とは別で、ただ互いに宇宙の一部だと自覚しつつ、会話をするイメージです。

2020/6/19  3:16

投稿者:山田

先生は往生極楽、麻原は無間地獄でしょうか。小学生の頃JR阿佐ケ谷駅前で選挙演説をする麻原を見ました。30代半ばであったろうその姿から特別な威厳も残忍な恐さも感じませんでした。
人が恐ろしいのではなく、人の行為が恐ろしいのなら弟子たちにポアという名で殺人を指示し、極刑へと道づれにした麻原はやはり恐ろしい人だったのかもしれません。

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