2020/5/30

やまゆり事件ー被告人の供述  カルト・宗教・犯罪

やまゆり事件ー被告人の供述のうち、私担当の部分は、末尾の通り。添付は→ 20200530.docx

「相模原重度知的障害者多数殺傷テロ事件」の裁判は、3月16日言渡しの判決が3月31日に確定しました。

1、判決は、要するに「責任能力はある、43人を殺そうとしうち19人を殺したんだから、言うまでもなく」というだけでした。

本文はたったの22頁であり、朗読ではたとえ匿名であろうとも19人の居室と死因、24人の居室と受傷内容の2つの別表を読まないものでした。そのページ数は、下記の2016年11月25日の神奈川県の「津久井やまゆり園事件検証報告書」が22頁なので、それに合わせたのですかぁと言いたいほどです。
https://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/853791.pdf

判決では、この重大な事件の歴史的位置づけはもちろん「社会的反響」という単語さえも抜け、原因追及もおざなり、そして問われていた「人は、重度知的障害者も含めて、なぜ殺してはならないのか」の記載もしていない、ひどい内容でした。

2、私が美帆さん遺族参加弁護士として問うたのは、下記にある私の2月17日の最終意見書の通りですが、判決はまともに答えておらず、歴史の検証に堪えない判決になってしまった、と思います。

それは、新型コロナが法廷内での万一にも感染しないように「ともかく短く」したためなのかもしれませんが、それにしても実に怒りに思う内容でした。

私の最終意見書全文→ qminmj.docx
https://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20200217/archive

また、このブログ内の「相模原」で検索した下記では、色んな文章などアップしてあります。
https://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%91%8a%96%cd%8c%b4&inside=1&b=7

3、さて、この裁判では2月6日、29人程いた被害者参加弁護士から、被告人質問がされました。
質問は、@弁護人から、A検察側から、B被害者遺族・家族本人から、C被害者参加弁護士から、D裁判員から、E裁判官からされました。

被害者参加で通例聞くのは、補充的なごく一部のことです。

ですが、この裁判では、弁護側として争うのが「責任能力」だけであり、検察もこれに応じるだけとするのが、まあスピードアップ、争点だけの裁判にするという裁判員裁判の宿命でもありました。

ですから、検察側にあっても、事件の本質の更なる追及は「議論に渡るところは皆さんで」と、いわば任せられたものでもありました。

そこで、被害者関係また被害者参加弁護士が、長時間色々なことを聞くこととなりました。まさに前代未聞でした。それはこの制度として、よりよく進んだということなのかもしれません。

被害者参加弁護士のうち依頼者との関係で質問を予定し、また聞こうとする弁護士は、何回か議論し、いろいろな質問をしました。

私は、その先鋒として美帆さん遺族参加弁護士としてまず聞き、最後の方で総論的な(私としての)深い所を聞かせてもらいました。かなりの手間暇と力をいれました。

4、しかし、被告人質問について、未だ一部の報道それも正確に報道されていません。確かに大量であり、かつ退屈のものかもしれません。今後の出版物等でも似たようなものになるのではないか、と思われます。

事件を考えるとき、どのような被告人質問と内容だったかの正確なところ必須だと思われるのに、とても残念です。


5、そこで、自分が担当したところで、公的でもない人の名も出てなけれぱオープンにしてもまず問題ないと思われるので、ここにアップします。
 質問は予定した通りでき、回答も各所を照らし合わせましたので、ほとんど正確だと思います。もちろん、ご遺族の了解もあります。

 彼の論理は「そんな高性能ロボットと人間の違いはどこにありますか。」という私の質問に対して、「それは、自分も考えます。人間もロボットと大して変わりはない。人間は高度なロボットといっても差し支えないのかなと思います。」と言った瞬間にすべて崩れたのですが、それが意外に知られていないな、と感じます。

どうぞ、各人が御参考にして下さいませ。

★ 私担当の部分は末尾のとおり、ワード添付は冒頭です。

6、おって、メディア・出版媒体においては、被告人質問その他のすべてを何とか出して下さるようにお願い申し上げます。

裁判は1つ、被告人は1人、事件も実質1つだけなのです。思いだして下さい、被告人も事件も極めて多数、経過も複雑なオウム事件でさえ、かなり詳細な記録が出ています。

この「相模原重度知的障害者多数殺傷テロ事件」は、オウム事件に勝るとも劣らず、日本と世界にとって、同じく歴史上1つのエピソードであろうとも、重大な事件だと思います。もとより、思想的にも重大な事件です。裁判記録ともども詳細に出さないでどうするんですか。

被告人成長過程も、しっかり調査して書いてもいいでしょうに。更に、本件では被告人がメディア人・知識人らと面会を重ねての色々な情報もあります。それらは、詳細に広く知られるべき、保存されるべきものと考えます。

なお、この5月27日の毎日新聞によれば、刑事裁判を受けて、「津久井やまゆり園利用者支援検証委員会」という方の「中間報告」が、この2020年5月18日、出たのですね。どこかで全文は見られないのかな。 https://mainichi.jp/articles/20200526/k00/00m/040/146000c


2020.2.6 第11回公判 の滝本質問とその答え部分
*******
★各論の始めに―被害者参加弁護士滝本
美帆さん遺族2名参加弁護士の滝本太郎です。まず、被害者各人の関係を5人の弁護士が聞いて、その後、全体的なことを7人の弁護士が聞きます。
―はい。
美帆さんの関係ですが、あなたが初めて刺した人は美帆さんです。
―はい
あなたは、美帆さんの胸や腹部を3回、背中を1回、そして臀部を1回刺して殺したんですが、初めて人を刺した、その手の感触は覚えていますか。
―必死だったので、覚えていません。
これ以前に人を刺したことはないですよね。
―はい
そうすると、まさに人生で初めて人を刺したんだけど、忘れてしまっていますか。
―必死だったので
あなたは、はなホーム110号室が美帆さんというのは、事前には知らなかったんですね。
―はい。
その後、取り調べやこの法廷でも朗読されたりしました。覚えていますか。
―はい。
美帆さんはどんな人だったか、言ってみてください。
―どんな人だったか…すいません、それはメモを取っていないので明確には答えられません。
美帆さんについては、赤ん坊のころから骨になってしまったところまでの12枚の写真を検察から説明を付けたものを請求して貰いました。弁護側が同意しないので証拠にはならなかったけど、それは御自身は見ましたか。
―はい、確認させてもらいました。
12枚の写真は見たと。
―はい。
それを見て、どんなふうに思いましたか。
―長年育てられたお母さんのことを思うと、いたたまれなく思います。
美帆さんは、お母さんと最後に会ったのは、事件の日の2日前、7月24日だったんですが、もう少し髪が伸びたら晴れ着を着てお母さんと一緒に写真を撮る予定だった、そういう文書があったことを覚えていませんか。
―覚えています。
それを読んだとき、どう思いましたか。
―いたたまれなく思います。
美帆さんは、お母さんを含めて人に幸せを与えていませんでしたか。
―そこだけを見ればそうかもしれませんが、施設に預けているということは、やはり負担になっていると思いますし、お金と時間を奪っていると思っています。
人に幸せを与えていた部分もあるということは認められるということですかね。今の答えはそうなりますよね。
―それで幸せになってはいけないと思っています。
美帆さんの葬儀には、延べ200人ほどが来られたんだけど、美帆さんがいることを喜ぶ人はいなかったと思いますか。
―いることを喜ぶ…喜んではいけないと思います。
いけないとかいいとかじゃなくて、現実に喜ぶ人がいたということは分かりませんか。
―喜ぶ人がいたかもしれませんが、喜んではいけないと思っています。
あなたは、美帆さんは人間ではなかったというんですか。
―そういう言葉を使うのは忍びないんですけれども、人間として生活することはできないと思っています。
人間として考えるべきではないという意味ですか。
―そのとおりです。

あなたは、刺身包丁で正に初めて美帆さんを刺したとき、右手の指をきってしましましたね。
―はい。
コンビニで洗ったと。
―はい。
その傷の痛みとか記憶だけど、今年の1月8日、初公判のときも残っていましたか。
―痛みは覚えています。
**********************

★総論の最後に。被害者参加弁護士滝本
あなたは、やまゆり園で世話をしていた時に、人によって必要なおむつを下ろしてお尻などを拭いた時の、大人のうんちのにおいを覚えていますか。
―はい。
あなたは、あなたが殺した19人、殺そうとして重いけがを負わせた24人の血の臭いを覚えていますか。
―血の臭いは、余り感じていません。
現場には、正に犯行時と、それからその後、その日のうちに実況見分で行きましまたね。
―血の臭い…。
その日のうちにもう一回行ったことは行ったでしょう
―はい。
血の臭いを覚えていませんか。
―血の臭い、していたかもしれません。
あなたは、やまゆり園で、時に笑顔を見せる入場者の顔などは覚えています
―はい。
その三つを忘れずに、これから開く質問に答えてください。
―お願いします。

まず、あなたは、小学校のときに障害者は要らないというような作文を書いたことがあるんでしたか。
―はい。
それは、小学校何年生ぐらいのときですか。
―低学年だったと思います。
その作文には、先生のコメントはありましたか。
―ありませんでした。
その先生は、いつもはコメントを書く方でしたか。
―はい。
その後に親御さんとか先生から何か障害者のことについて言われたことは なかったんですか。
―ありません。
小学校や中学校の当時、親御さんとか友達に障害者について話したことはありましたか。要るとか要らないとか。
―あったと思います。
誰に対して、どんなふうに言いましたか。
―友人に対して、育てられないよなというように。
親御さんに対して言ったことはない。
―自分の親には、そんな話はしていないと思います。
小学校低学年のときに作文では書いたけども、その話をお母さん、お父さんにはしなかったということですか。
―はい。

配送会社からやまゆり園に仕事を替えたわけですけど、給料は幾らから機らくらい手取りで上がったんですか。
―配送会社は、23−4万とかだったと思います。やまゆり園は。やまゆりは、19から二十一、二とか、それぐらいだったと思います。
ボーナスはどうでしたか。
―ボーナスは10万、20万、30万
年間でですか。
―全部で60万ぐらいだったと思います。
配送会社のほうが。
―それは、やまゆり園です。
配送会社では、ボーナスはありませんでしたか。
―ボーナスをもらう前に辞めてしまいました。
給料としては、月給としては下がったけど、仕事ができそうで、配送会社はきついから辞めたということですか。
―はい。

先ほど、入院したのは政府が拒否したためかなと言われていましたけど、1月30日にあなたに面会した雨宮処凛さんには、それについて何か答えませんでしたか。
―すいません。ちょっと
1月30日に雨宮処凛さんという人が面会に来ましたか。
―はい。
政府に拒否されたと思ったのかと聞かれませんでしたか、
―はい。
その後、退院できたから、外に出れたから、やるなら一人でやれということなのかなと思いましたと、一人でやればいいんだと答えませんでしたか。
―そうですね、自分で考えればいいんだと思いました。
やるなら一人でやれと政府に言われた気持ちもあったんですか。
―そういうことではなくて、自分で考えればいいんだと思いました。
措置入院されたけど、外に出れたから、やるなら一人でやれということなのかなと思いましたと、括弧書きで記事になっているんだけど。
―それはちょっと何だろうな…それはちょっと 誤解というふうに受け止めることもできるというだけであって、そう思った…そうですね。

安楽死という言葉が何かあちこちで出ているので強認したいけど、尊厳死という言葉を聞いたことはありますか。
―はい。
安楽死というのは、それを更に進めて、助かる見込みのない人を本人の希望に従って苦痛の少ない方法で死に至らせることを言うんですよね。
―そうです。
じゃ、ナチスにしたことは、安楽死でもないわけだね。
―ナチスのしたことは…。
だって、障害がある人だろうけど、助かる見込みのない人じゃないでしょう、生きてはおられるんだから。
―はい。
安楽死ではないよね。
―(うなずいた)
もちろん。自分も安楽死させたということではないんでしょう。
―はい。
事件の実行前、手紙を出す前に、のぞみホームのホーム長からなのかな、ナチスが障害者を多数殺したことを聞きましたね
―はい。
いつ、誰からか、はっきりは覚えていませんか。
―はい。覚えています。
自分の記憶では、誰から、いつ頃ですか。
―1月の後半に、ホームの方と話しているときに聞きました。
そうすると、あなたは、重度障害者を殺す先駆者ではないと、ナチスが先にやっているということを知っててやったということですね。
―はい。
でも、主尋問で先駆者になりたいと、調書でもそんなように言ってませんでしたか。
―はい。
もう先駆者じゃないでしょう、ナチスが先にやっているんだから。
―ナチスは、ユダヤ人も殺しているので、それとこれとは全く違うと思っています。
ナチスは、重度の障害者も殺しているけれど、ユダヤ人まで殺しているから別の話だと。
―はい。
ナチスが障害者にしたこと、その後の話とかは、事件を実行する前によく調べましたか。
―いや。テレビで確認したぐらいです。
事件の後、3年半たって、いろんな人と交流があったと思いますけど、今はナチスについてかなり分かってきていますか
―はい。
何万人ぐらいの障害者や統合失調症の患者らが殺されたと聞いていますか。
―障害者は覚えてません。 ユダヤ人は30万人ぐらいだったと思います。
障害者や統合失調症患者、それから反社会的分子、労働能力喪失者など、十数万人のドイツ人などといわれているんじゃないですか。
―はい。
その後、ナチスの障害者に対する行いも強く批判されていることは知っていましたか。
―はい。
それは考えなかったんですか。
―それは、ユダヤ人も殺しているからだと思っています。
重度の障害者を殺したことも批判されているということは御存じない。
―それは間違っていると思っています。
一般的に批判されていること自体は知ってたんですか、知らなかったんですか。
―批判している人は、そういう障害者開係者や福祉関係者だと思っています。

あなたは、重度の障害者らには金を掛けるべきでない、不幸を作るばかりだ と、だから、国の政策で安楽死をさせるべきだと。それを社会や日本国政府に分かってほしいから
この事件を起こしたということですか。
―はい。
そうすると、国の政策を変えるための事件でもあるんですか。
―はい。
いわゆるテロ事件といわれてもいいわけですか。
―いいわけではありませんが。
政策を変えるために起こす事件をテロ事件といいませんか。
―そういう。いいテロを聞いたことがないので。

心失者は殺すべきだという考えに至った経緯について次に聞きます。やまゆり園で勤務するに当たって、またその後でも、いろいろな障害の勉強会とか何かを学んだりしましたか。
―それは事件前に。
もちろん事件前に。
―いや、施設で働いた経験や、それまでの経験で分かっていると思っていました。それと、特別支援学校の教員免許のための勉強をしたのが大きいと思っています。
やまゆり園での、カリキュラムとして新入職員に対しては何もなかったんですか
―いや、研修はすごく充実していると思っています。
やまゆり園での話ですよ。
―はい。
日本でも世界でも、男も女も、高齢者も子供も、まして障害者も、昔は人権も命も大切にされてこなかった。それを、日本国憲法25条から福祉国家を目指してやってき
ていると、そういう歴史などは聞いていませんか。
―はい。
関いているの。
―はい。
福祉国家という言葉は知ってたんですね。
―はい。
障害者が家族に生まれたときなど、親御さんが受容する過程として、まずはショックを感じますよと、それからそれを否定したがりますよ、その後に怒りを思い絶望を感じま
すよ、どこかの段階で再起・適応して、受容していきますよという、障害を受容する過程という勉強なんてありませんでしたか。
―あったかもしれません。
はっきりは覚えていない。
―研修を受けていても、何だかしっくりこないなと思うこともあったのは覚えています。
最初の1か月間は、つばさホームでしたね。
―はい。
そのときに、家族はこうやって障害を受容してくる、そういう学説が定説になっていると。あなたとしても驚きの職場だったわけでしょう。それをどう解決すればいいかなんて学んだり、議論したりはなかったんですか。
―あるんですけれども、解決のしようがないときもあると思います。
やまゆりにいる重度の障害者の方々は、どういう原因でこういう障害になったというふうに事件当時は思っていましたか。
―どんな優れた人間でも重度障害者は生まれてしまいますし、麻薬や、覚せい剤の影響もあるのではないかと思っています。
一人一人が、この人は知的障害なんだと、この人は脳性麻痺から障害が出たんだと、この人は脳炎の後遺症でこうなった、この人はダウン症だ、この人はレット症候群だ、この人は小頭症なんだということからこれだけの障害になっているんだなんて考えてもみなかったということですか 。
―そういう区別は必要ないと思いました。
考えてもみなかったということ。
―まとめて意思疎通が取れないという判断をしました。
脳性麻痺と知的障害、発達の自閉症と、これは状況が違うんだけど、レット症候群も大いにもともと違うわけだけど、その区別はしていなかった。事件の動機じゃなくてその前に、誰がどうしてこうなっているのかって考えてもみなかった。
―いや、それは入っている施設が違うので。
この事件の19人の中にも、知的障害、自閉所、脳性麻痺からなった人、レット症候群の人といろいろいるでしょう。
―はい。
今は分かっていますね。
―はい。
事件当時は分かっていない。
―細かいところは分かってないというよりかは…。
分かる必要がない
―はい。
あなたは、自分の考えが正当だと先ほど言われたけど、殺した人がどんな人だったか、事件後振り返ろうとはしなかったんですか。
―振り返ろう…。
一人一人どんな人かなって考えはしなかったんですか。
―申し訳ないことをしたなと思っています。
誰に対して。
―亡くなられた方や家族に対して。

あなたは、1か月間つばさホームにいた後、のぞみホームで働いていましたね。
―はい。
のぞみホームは2年余りかな。
―(うなずていた)
自分としては、のぞみホームは相対的に一番軽い人たちがいるという感じでしたか。
―はい。
のぞみホームは、入居者が何人で、何人ぐらいがあなたがいう心失者ですか。
―3、4人はしゃべれるのですが、16人ぐらいは心失者かもしれません。
のぞみホームにもし行けたならば、のぞみホームでその16人も刺したということですか。
―はい。
どうしてのぞみホームに行かなかったんでしたか。
―施設の職員に逃げられてしまったからです。
1か月の研修の後、そもそもどうして、つばさホームの後にのぞみホームに配属されたかということは、御自分は分かっていますか。
―分かりません。

あなたは、フェイスブックやツイッターにも自分の写真を事件後にアップしたんでしたか。
―はい。
ここには、世界が平和になりますようにという日本語と英語を書きましたね。
―はい。
それは、あなたの考えを良いことと認めてもらいたい、それがビューティーフルな日本だということを日本国政府などに分かってほしいというお気持ちもあったんですか。
―はい。
そうすると、あなたの訴えに対して、事件後、日本国政府なり何なりから回答が何かあった記憶はありますか
―安倍総理大臣や黒岩神奈川県知事などが共生社会について発言していただいていると思っています。
取りあえずは、自分の希望が通らなかったということですか。
―取りあえずは……
先ほど、共生社会は失敗するからそれから安楽死が作られてくると言われたけど、そういう意味ですか。
―はい。

心失者は、お金が掛かる、時間も掛かるということが死ぬべき理由の一つということでしたね。
―はい。
心失者には入らないんだろうけど、無銭飲食や小さな窃盗事件で刑務所と社会を行き来している人を弁護士なんかだとよく見る。これも金が掛かるからできれば消えてほしい人ということですかね。
―だから、それが生き生きと働ける社会になればいいと思っています。
でも、出所して2週間もしないうちに、また泥棒して入ってくる常習累犯窃盗
―それは、働ける環境がないから犯罪をするしかない。
仕事をする意欲もないとしか思えない人も中にはいるように思うんですがね、 そうは思わないの。
―それは、大麻を吸って活力、生き生きと働けると思っています。

社会保障間係で重度障害者と同じようにお金がかるというところでは、このところ生活保護も増えてしまっているとありますね。
―(うなずく)
御自分は、措置入院が解除された3月の生活保護の申請について、お母さんからはどんなふうに言われましたか。
―(答えず)
ラインで何と書かれましたか。
―ちょっと覚えていません。
それじゃ、当たり屋とおなじだよとお母さんがLINEで書いていませんでしたか。
―そうかもしれません。
覚えていない。
―ちょっと…。
あなたは、その話とこの前は分からないですけど、お母さんに対して、こんなときに受けないでいつ受けるんだと言いませんでしたか。
―覚えていません。
あなたは、住める親御さんの家があって、乗り回す自動車があって、自分は精神的に問題がないと考えて通院もしていない、そして親御さんが反対していたのに生活保護を受給したんですね。
―はい。
そのあなたが、どうしてこれこれの人にはお金がやたらと掛かると、だから死なせるべきだなんて言えるんですか。
―それは先日もお話ししましたが、社会を勉強する時間のためだと思っています。
社会を勉強したいから、親は反対しているけれども生活保護を受けると相模原市役所に申請したんですか。
―はい。
社会勉強したいから生活保護を受けたいんだと出したんですか。
―はい。
本当に。
―そう言ってはいません。鬱病のふりをしました。
あなたについてのこの裁判、その前の捜査から適正にするためには、国のお金も、これだけ多くの人の手間ひまかかっていますね。
―はい。ただ鬱病は嘘だと思っています。鬱病のふりをしていたら本当に鬱病になりそうになりました。
今はもう別の質問なんですけどね。裁判には費用、手間ひまも掛かっていますね。
―はい。
お金を心配するなら、手間ひま掛けず、費用の掛かる裁判もせず、ましてその主張を聞くまでもなく、さっさと処罰したほうがいい、なんて言ってた遺族もいるんですが、どう思いますか。
―日本の裁判は時間が掛かり過ぎていると思っています。
手間ひま掛け過ぎだと、自分としても思っているんですか。
―はい。

不幸を作るについて聞きます。あなたは、 殺される障害者自身が幸福な時もあるとは考えませんでしたか。
―思います。
笑顔を見せるときもありますよね。
―はい。
赤ん坊が泣いている一方で、突然この上もなくかわいい笑顔をするのと同じように思いませんでしたか。
―そうかもしれません。
重い認知症になった高齢者が、たまに素敵な笑顔を見せたりする、それと同じようなものだと思いませんでしたか。
―その笑顔を作る理由がないと思いました。
入居者は食べ物の好きいがあるんでしたね。
―はい。
「好きな、親切な職員や親のことが分かったりもするんでしたね。
―はい。
好きな歌があったり、踊ったりしますね。
―はい。

そんな幸せとかの動きというのは、心というんじゃないですな。
―それは、感情だと思っています。
感情と心は重複しないんですか。
―はい。
感情であって、心ではないの。
―はい。
じゃ、感情でもいいんですが。
―感情と心は別だと思っています。
あなたは、昨年夏から、ある月刊誌に、漫画トリアージというものを連載しましたね。
―はい。
その中には、「クローンが心を持ったことが世に知られれば大問題だ」「命は尊いと唱えるだけでは思考が停止している」というせりふを入れましたね。
―はい。
心というのは、あなたとしては、人間かどうかの重要な基準じゃないんですか。
―はい。
既に、日本将棋はコンピューターのほうが人間より強いですよね。
―はい。
囲碁もそうですね。
―はい。
既に、話せるロボットもありますね。
―はい。
情報を与えれば、名前と製造場所、それから何年がたったかなんてロボットも言えますね。
―はい。
そんな高性能ロボットと人間の違いはどこにありますか。
―それは、自分も考えます。人間もロボットと大して変わりはない。人間は高度なロボットといっても差し支えないのかなと思います。
先ほど言った感情というのは、ロボットにはあるんですか。
―感情を持つかもしれません。
ロボットは、好きな歌があったりすると踊ったりしますか。
―今はありませんが、いつかそうなるかもしれません。
ロボットにそういうシステムを組み込めばあるかもしれない。ロボット自体が自分でそういう好きな歌、嫌いな歌を決めたり、好きな職員やいな職員をロボット自体が区別すると思いますか。
―そのようなシステムを作れば、そういうふうになってくるのかもしれません。
そういうシステムを作るのは人間ですね。
―はい。

名前、住所、年齢などを言えなくても、自分で排泄などできなくても、心がある、感情があれば人間であって、それが人間の命そのものじゃないんですか。
―感情はどんな生き物にでもあると思っています。
にじホームの職員、先ほどから栗山弁護士が聞いているBさんが、伝えたいことがあるんだよ、心はあるんだよと言った。これは、彼女の心の奥底、本音の言葉、その叫びだったんじゃないですか。
―はい。
そう思う。
―はい。
この質問はできれば聞きたいんだけど、私は、自分が死んだら先に死んでいる人といつか会えると、そんな感覚でいるんだけど、御自分は自分が死んだ後、どんなふうになるか、できれば答えてもらえますか。
―多分、無だと思います。

現実社会に今生きている、 それは生物学的には奇跡的ですよね、男の精子というのは一杯あるし、そもそも何とか食っていけるこの日本に生まれたこと自体が奇跡ですよね。
―はい。
自分自身は幸せだと思いませんか。
―それは、人の不幸を踏み台にしていると思います。
事件の前でいいですが、自分自身は人を踏み台にしているから幸せじゃないんですか。
―それは、おかしいのかもしれません。
おかしい、おかしくないじゃなくて、生まれて良かったな、しかもこの日本で良かったなと思うときはありませんでしたか。
―日本は豊かだと思いますけれども、やっぱりおかしい国だなと思います。

せっかくそうやって奇跡的に生まれたんだから能力があろうがなかろうが、障害があろうがなかろうが、生きている意味が見付けられなくても、心がある、生きていること自体が誰も大切ではないんですか。
―違うと思います。
あなたは、死んだ子の年を数える気持ちは分かりますか。
―分かりません。

あなたは43人、しかも19人が死んでいる、その人に対して謝罪する気持ちはあるんですか、ないんですか。
―あります。
でも、正しいことをしたというんですね。
―正しいことをしたかは分かりません。
正しい考えだけど、正しいことをしたかは分からないと。
―はい。
正しいことをしたか分からなくなったのは、いつ頃からですか。
―初めからです。
正しい考えだけれども、正しいことかどうか分からずやったんですか。
―はい。
当時は正しい行いだと思ってやったんではなかったんですか。
―考えは正しいと思っていました。

1月30日、雨宮さんと共に篠田さんという男性も面会しましたね。
―はい。
その人から謝罪について改めて考えたほうがいいよと、正しいと言いつつ謝罪するのは難しいんだからという説明をされませんでしたか。お詫び謝罪について議論をされませんでしたか。
―はい。もともと謝罪するつもりはありました。
43人に対してですよ
―全ての人に対して、
人は100%死ぬ、自分がしたことの取り返しがつかなければつかなくなるほど考え直したくないものですけど、植松聖さん、自分がしたことをどう捉えるか、正しい考えだと今も言いつつ、それで正しいことをしたかどうか分からないと、正しい考えだと今も言い続けている、それを死ぬまでいろいろな面から考えていってもらえますか。
―はい。
考えていってもらえますか。
―はい。
*************


7



2020/6/10  11:02

投稿者:ブログ読者

津久井やまゆり園利用者支援検証委員会の中間報告書の所在
https://www.pref.kanagawa.jp/gikai/kousei_0202.html
神奈川県議会
厚生常任委員会 令和2年第2回定例会活動報告
厚生常任委員会報告資料(令和2年5月18日)(別添資料)福祉子どもみらい局(PDF:515KB)

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