2019/11/29

中曽根康弘氏が死去  日常のこと

中曽根康弘元総理大臣が、本日亡くなったとのこと
101歳。それも人生。
私が唯一評価するのは、旧日本軍の会計係将校として、当たり前のこととして日本軍男性のために「慰安所」を作ったと証言し、記録もあること。


 ああ、中曽根氏が1987年の「国鉄の分割・民営化」につき、正直に国鉄労働組合をつぶすためだったと言っていたことは、意外に知られていない。下記です。
http://www.labornetjp.org/news/2005/20051124m1
「国労が総評の中心だった。いずれこれを(国労を)崩壊させなきゃいけない。民 営化で、国労が崩壊し、総評が崩壊し、そして社会党が崩壊した。一連でやったこ とで、意識的にやった」
 国労の「働き・要求し・闘う」の方針は大したものだったな、内部での「学校」と称する主義主張での争いは、いい加減にしてくれと思ったが。
 そうオウムの坂本事件1989年の頃、坂本は、組合員の陳述書を一所懸命読んで整理していたな。その陳述書集、今も残っているかなあ。、

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2019/12/2  14:14

投稿者:

坂本先生が、労働組合の弁護をしただけで坂本一家殺害事件はJRと国家が仕組んだことだ、オウムは一切関係がないとほざいていた、いえ関係者に一切聞くこともなく論文さえ書いた学者がいた(JRの名誉のために言うが、坂本事件ではJR側が坂本事件の事情聴取に快く応じた記録がある。その一方で、オウムが事情聴取が予定された日はなぜか?ドイツのボンに逃亡している。バッチの件と言い最初から疑わしいかった。)時々労働組合の件を請けおっていなかったらー学者は国家権力の説(もちろんそういったケースもあるけれど)が好きですから。事件は早期に解決したのかなと思うのです。

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