2019/7/21

テルーの唄≒弘法大師  日常のこと

テルーの唄≒弘法大師

ご詠歌とかが、日本仏教では言いますけれど、今は直接聞いた人など実に少ないのだろう、と思います。
私、小さい頃、地元の葬儀や法事で、聞いてたなあ。宗派で違うのだろうけれど、おばさん、おばあさん達が歌ってたな。たしか、やたら大きな数珠を皆で回しながら歌ってた。

で、テルーの唄。今日も歌ってしまった。
http://j-lyric.net/artist/a04c5be/l0090fd.html

まあ57577、内容ともに、もうご詠歌、それも弘法大師の歌ではないか、と思ってた。
だって、道行き1人、でも弘法大師さんが隣を歩いているんだと

(補充:どうぎょうににん【同行二人】 四国巡礼の遍路などがその被る笠に書きつける語。 弘法大師と常にともにあるという意)

3番目あたり「私」は、自分から弘法大師に向けたものか、弘法大師が自分に向けて言ってくれる言葉か、と思ったり。

ああ、麻原彰晃こと故松本智津夫、死んで1年過ぎたなあ、とも思った。


あの年、もっとも軽蔑したのは、実はとある高名なお坊さん、正式な場で、それこそ無間地獄に落ちるというような説法をしたんだもの、なんなんじゃ、と思った。

(補充:山田さんコメントから知りました。
―元の歌詞は萩原朔太郎の「こころ」を変えたものなんですね。下記です。ネットってホント勉強になります。同行二人という感覚は、太古の昔から、人は時に感じていたのかと。http://lj350fall2011.blogspot.com/2011/12/blog-post_12.html


外にもいっぱいいい歌がある。
アンパンマンも、涙の数だけ強くなれるよも、いつも何度でも、人生の扉も、手紙―15の君へも、春夏秋冬も、もとより中島みゆき。宗教の専門職の方々は、人の心への影響という観点では、歌や漫画とかの方が「宗教」よりとうにはるかに強いのだ、ということを知らないふりのままなのかな。お寺さんも「カラオケ」説法、すればいいのにな、と。
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2019/7/26  11:07

投稿者:友北

kさん
ええ、お遍路さんの感覚でしょう。
コバンザメさん
故松本は、あの世で坂本らに叱られているのだろうと、私もいつか皆に会いたいなと思います。
山田さん
おおっ、萩原朔太郎の「こころ」なんですね。素晴らしい、ネットってホント勉強になります。
同行二人という感覚は昔から人は時に感じていたのでしょうね。本文を補充してみます。

2019/7/24  17:39

投稿者:山田

萩原朔太郎の「こころ」ですね。自分には滝本先生のカルトとの孤独な闘いの半生のようにも感じました。

2019/7/24  10:29

投稿者:

私も幼いことからお遍路さんも見てるし稲荷神社の近くに住んでるけど礼拝者は、自己はもとより他者の幸せを静かに祈る姿をいくつか見ました。宗教ってそういうもんじゃないかな?団体に入る必要なんてあるのかな。間違っても、入らんとやめる罰が当たる、この宗教にはいるため金持ってこいー本人ののめりこみを差し引いても。というのは真の宗教ではないと思います。

2019/7/23  10:42

投稿者:

私も四国です♪四国のお遍路さんを私も身近に感じています。
なお、オウムの圧力に負けず戦った仮谷さんや坂本さん一家は天国に行っているでしょう。松本智津夫は地獄に行ってるはずなので会うことはないと思います。

2019/7/23  10:05

投稿者:こばんざめ

 四国の出身なんでお遍路さんは昔から身近に感じていました。外国人のお遍路さんもよく見かけます。松本智津夫氏は無間地獄に本当に落ちたんでしょうか?あの世に行ったら坂本弁護士一家や仮谷さんなどが待っていてきっと叱られているんだろうなと思います。

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