2018/4/5

大田俊寛氏―自家中毒  カルト・宗教・犯罪

大田俊寛氏、なんか自家中毒に陥ってるなあ、と思う。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/hiroba/CK2018033102000223.html
 上記の2018.3.31の東京新聞では、「オウムとは何だったか」と題して、森達也氏、藤田正市氏、大田俊寛氏の論考が大きく出ている。大田氏はまず「私はオウムを「ロマン主義」的で「全体主義」的で「原理主義的」的なカルトとみなしています。これらは近代主義に反対する対抗思想に属するものです。」と書いている、
 なんかなあ、全体を読んでも何を言ってるのか趣旨不明、これで読者がオウム問題を考えるに役立つのかい、どこに原因があるのかい、どう考えるべしと言うのかい、どうしろと言うのかい、と言いたい。

 でその後、大田氏は、ツイッターなどで隣に書いてある藤田氏らを、ハチャメチャに批判しているとのこと。下記2つあたり。
https://twitter.com/t_ota
https://togetter.com/li/1215489?page=2
 なんだかなあ、それが余りに的外れで笑ってしまうと言うか、なんか話をずらそうずらそうとしているばかりで心配になってくる。もともと、大田氏については、その発言内容とか、また氏のオウム集団とのかかわりからしても、自家中毒に陥っているなあ、麻原さんのいる頃ならば、呼吸法や漆黒の闇といった環境にて神秘体験をさせられて、あっという間にはまっていった傾向の人だなあ、と思い出します。

 そりゃ、隣の藤田さん論考が「宗教の根幹とは何か。それは神秘体験です。」といきなり来たのには、私も知り合いだが違和感を持ちます。オウムとは、宗教であると同時に破壊的カルトであり、オウム事件は、違法なことでも代表の指示であれば違法な行為を繰り返すというまずもってカルト問題だったんだから、宗教の問題を冒頭に出すのは、そりゃ違うだろうと思うんです。マインド・コントロールの問題も、状況の拘束力の問題もあるしね。
 まあ、藤田さんは実に深く事実について研究してきているから、オウム問題では、弟子らが教祖の指示に唯々諾々と従ったのには、「神秘体験」が重要な要素になっているので、これを前面に書いたのだろうけども、ではありますが。また、神秘体験のことを書くなら書くで、1994.6松本サリン事件の直前あたりから使われたLSDと覚せい剤による神秘体験のことも書いてほしかったなあ、と思う。


 それから大田さんは、藤田さんの本を読み間違えていないかい、と思う。藤田さんは、本で、つまりは神秘体験の恐ろしさを本で書いてますよ。ひょっとして、その記述に魅惑を感じてしまうから反射的に批判したくなるのかなあ、なんて思いもしました。

 (追加―藤田氏は過去、麻原面談での文章がオウム増長に助力した効果もあったのではのことにつき早期に総括すべく神秘体験の恐ろしさに焦点を当ててオウム集団を総括し、島田裕巳氏は不十分だけれど自らの不明を書籍「オウム」で書いて総括しておられると考えています。
 なお、大田氏の山折哲雄が麻原ヨイショしたことの責任追及−1995.3の後は知らんふりですね、あの人、まあ「最後は麻原神社を作りますか」と同席したテレビの楽屋で言われた時には、ウームと思った−は良いと思うんです、もちろん。
 また最も影響あったのに総括せずにオウムと親和性あるままの中沢新一氏をこそ、皆さん言うべし、だろうと。大田氏は、自らこそが正しい分かっていると思いたいのだろうが文章からして曖昧模糊、一人よがり、事実に立脚していない、実に甘いなと。)


 大田さん、神秘体験のことは、オウム集団とオウム事件にとって、とても重要な要素ですよ。それは裁判所でも、中川死刑囚のみならず多くの供述で明らかになっています。1993.7から1995.3まで30人余りの多くは出家直前の信者さんと話し合い脱会したけれど、実に全くそのかなりの部分が神秘体験のことの解決が必要だと分かってきていたものです。「オウムをやめた私たち」とか、サイト「カナリヤの詩」とか読めば、神秘体験のことが、特に実行犯のほとんどを占めた男性信者では大切な位置づけだったとすぐわかるでしょうが。

 神秘体験はね、現世の現実感をなくすものなんです。「ホー湖面に移る虚像のような輪廻の大海に***」と言うのが大乗の発願なんだけれど、その感覚ね。頭の考えではなく体全体で「幻」と感じてしまっている。精神が解離していたのだろうなあ、辞めた後「映画を見ていたような感覚」なんて何人もから聞いたものの。そうであるからこそオウム事件は起きた、全ての輪廻を知っているようなことを信じさせた麻原の指示に、あそこまで唯々諾々と従ってしまえたのだな、と分かるものです。それは裁判でもわかってきたものでした。


 ああ、だいたい大田氏は、麻原がオウム事件につき表面的な説法、チベット仏教の説話をもとに、しかし裏でヴァジラヤーナの実践をしていたのに、麻原の「したこと」ではなく麻原説法その他の文献をもとにばかり検討していってるのが、「事実をみる」という態度がないことを示すものです。
 文献ばかりを渉猟する事案ではないでしょうが、裁判記録を読みなよ、脱会者と言いながら「ひかりの輪」関係者の本などにて足りると考えなさんな、カナリヤの詩とか、ネット上にあるのに見てないのかい、受刑者らの本もまともに読んでみたら?と思うんだがなあ。つまりは、自分の当初の考えにあう人に会い、資料を集めていってるだけと言う外ない。


 宗教学者らが、公安審査委員会に意見書を書くな、とは言わない。氏は、観察処分の更新につきこの2回「ひかりの輪」のために意見書を書くまでした、それは驚いたがご自身の自由。まあ、埼玉大学の非常勤講師をされているとのことだが、こんな話も授業でしているのかなオウム集団に入る人が出てこないか心配とはなってきます。

 だがね、その程度の研究、まして事実を見ていくという態度を取らないままで付き合えるような、オウム事件とオウム集団そして「ウソをつくのがワーク」の上祐ではないんだよ、と。

(4.10追加 あっ、大田俊寛さん、批判している神秘体験のこと、上祐からも聞かなかったの?と思い出した。上祐もLSD・覚せい剤のイニシエーションを2回か3回だったかやってるんだから。)

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