2017/12/15

警視庁には6人だったのか?―オウム信者さん  カルト・宗教・犯罪

 下記は、高橋シズヱさんが昨日、世田谷区の烏山で聞いてきた講演の内容と感想です。
http://kidoairaku2011.blog109.fc2.com/blog-entry-1928.html
 1995年3月当時、「警視庁に6人」のオウム真理教信徒がいたと。そっか、後に公安警察が長官銃撃事件の犯人の一人としてしまった警察官のほか5人いたということ。正確な数字を知らなかった。(12.13追加―だがこの方の発言は各所で客観的事実と異なってて―そんな人を講師にしてはいかんだろうと―この数字も実はあてにならないのではとも思える)
(ちなみに、私には24時間警備を受ける関係から知らされたのだが地元警察署管内での在家信者は21人だとのことでした。出家者中のヴァジラヤーナの戦士でも、出家者でさえない在家の人が私を攻撃なぞする筈もないのに。警察は、事件がはじけた後になってそんな把握をしていたと)
 まあ、その2月までの假谷さん事件での強制捜査が、3月20日か22日かということは、警察官でなくても関心を持つメディア人を含め.前の週には容易に分かっていたこと、だからこそその週は完全に予定を空けていた。
 そしてまた、警視庁管内での、オウム事件假谷さん事件が初めてなんてのは嘘。あるいはまあ警察はすごい縦社会だから、この元警視庁の方は知らないんだろうな。


下記は警視庁管内の事件ですもん。
1、1990年2月の衆議院議員選挙では、東京の世田谷区世田谷2丁目だったかなその1軒屋に住民票118人だったかな集約するという異常な住民基本台帳法違反、公職選挙法違反があり、多くの弁護士にて告発したのに、警視庁はまもとに対応しなかった。
2、1991年、1993年には関係者宅から盗聴器が発見され、私が関係して現物まで発見した1993年の警視庁の三鷹署関係でも動かなかった
3、1994年には、宮崎県、山梨県内では信者拉致事件が、東京のオウム真理教医院では不審死が続いたのに警視庁が動かなかった。
4、1994年12月の水野さん、1995年1月4日の永岡さんVXの事件があったのに、警察がまともに対応しなかった。永岡さん事件なぞ6日、私が赤坂署に怒鳴り込んで「今実況見分しておかなかったら途方もない失点になるぞ」と脅かしてようやく見分した有様だった。科学捜査が不十分で、当初スミチオンと判断し、自殺未遂だと決めつけ。警視庁の奥の部屋で私に対して湯呑にスミチオンを入れて私に嗅がせ、「永岡さんはこれを飲んだんだ、事情を分からないが自殺未遂だ」と断言してはばからなかった。警視庁の大きなミスです


下記は、この3月13日の私のブログで、オウム事件での警察が見逃した事件の説明です。
―共謀罪なぞいらんわな、すべきことをしていないだけということの趣旨で改めてまとめたものです。
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/2135.html
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