2015/9/20

市民と安倍首相  憲法・社会・官僚・人権

この間、驚いたことをいくつか。

1、9月19日未明の参議院本会議の最後に安倍首相が居なかったこと。

採決で法律が成立した瞬間のことです。防衛大臣がいて一人で頭を下げていた。極めて重要な法律で、意見がわかれ、違憲だと多くの人が判断した法律です。まさに推進したのは安倍首相。

その歴史的、政治的責任を誰より負う安倍首相がいなくて、どうするんだ。これから流される血と涙の責任をとる気がないのか、と。

意見が違おうとも、こんな首相で恥ずかしいです、とても。

2、9月16日、列車妨害のための電話一つもなかったこと。
 委員会議員の、新横浜での地方公聴会から帰り新幹線の時刻が16時16分だったか、決まっていて(結局は市民にとめられ車2台分の人は間に合わなかったが)、かつかなり知られていた。

当時、新横浜の地方公聴会のあと、なんと当日付に特別委員会を開いて議決しようとしてたから、なんとしても止めたい気持ちの人が多かった。こんなとき、はねあがりが必ずいて、一つの爆破電話くらいはあるもの。

むしろ、法律成立を進めたいから時刻を知らせて妨害爆破電話でもさせることで、世論に反対運動がひどすぎると感じさせ、少し遅れてでも委員会議決を確実にしようとしてるか、とも思った。

でもそんな爆破とかの妨害電話の一つも、ネット書き込みの一つもなかったみたい。
凄いことです。反対運動のレベルの高さが示されたかと。


3、新横浜では2台が止められたが、世論からは応援の気持ちが増えたかも(周囲の自動車交通には1時間近く迷惑だった)。

だって、自動車を止めたのは、もともと過激な人ではなくまさに普通の若者、おばさん、おじさん、高齢者だったもの(幸いなことに、数少ないのに旗だけ大きくトラブルメーカーのセクトらは来てなかったみたい)。

世論がこれを原因として、やはり大変な法律なんだと、反対論にむしろ理解を示したかも。

 止められた後には警察官が腕で自動車を囲む枠を作り、枠ごと移動した。ああこういう訓練もしてるんだなと思った。そして、警官枠の外側進行方向の交差点には何十人もダイインして命懸け。抜かれたらまた別の人がダイイン。

 乱入阻止やごぼう抜きで、頭を打った人が10人くらいいたのかも。全ては警察の30台くらいか撮影班が撮ってるはずだが。

 私は、ホテル駐車場出口を見渡せる反対側駐車場2階から、急ぎホテル建物左側際に走り回って、するするとホテル脇から入り込み、ホテル玄関先から、偶々投げられた頭をうった若者の救護などに走り入りこんだことで(若者には、よくやった、ここまでに、逮捕されたら大変だからなどと言った。彼のメガネはどこに行ったかな)、腕を組んで市民を止める警官枠の中に入ってしまった。

 警察指導者から何度か出ろと言われたが、「やり過ぎの人に言う役目するから」といい、まあうろうろ。しばらくして、高齢女性がするすると偶々一人入ってきて自動車に駆け寄り、地面あてだったかなあ警察官に抱き抱えられた。私が戻すからと警察に言い(任せたからねと警察)抱きかかえたが、「私の命はいいんです」だったか言われ、抜かれて車に寄ってしまった。「もう良いから十分したから」と止め、なんとか外に出せた。

 まさに命懸けの気持ちなんだと実感。今、大丈夫かな。

 あの2台の自動車に乗ってたのは誰だったのかな、鴻池委員長が最後車とかの噂があるが、だったら、うーん。


 実際に派兵される若者世代で他人事でないと気づいた人の実感や、戦場や爆撃・焦土の実感・血と涙を現実感覚にしている人らと、(アメリカにつき従おうとするだけで、首相として命を懸けるのに△とテレビ番組でも答えた)安倍首相との落差がすごい。

 法成立の瞬間におらず、歴史に責任をもつ重さを感じようとしない首相、ひどくないか。



4、(9.20追加)私と一字違いの山本太郎議員が、まあ不謹慎ですが自民党のお葬式ですか、数珠をまいた手で、不信任議決?の後に合掌して頭を下げた時、安倍首相がしっかり頭を下げて応答してしまったこと。笑い話でもある。
 この首相、とっさの時にまともな判断ができないのだ、と。

5、(9.20追加)19日当日午後のテレビインタビューで、安倍首相が「「平和な日本を引き渡すために必要な法的基盤が成立した。」と述べたこと。思わず本音が出てしまったんだなあ、フロイト分析にあったかも。
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