2015/1/15

色々な人−さかはらあつし氏  カルト・宗教・犯罪

http://www.hochi.co.jp/topics/20150113-OHT1T50144.html
上記は、「サリン被害者が監督!オウム映画、2月中旬クランクインへ」という
2015年1月14日スポーツ報知の記事

http://www.bengo4.com/topics/2548/
上記は「地下鉄サリン被害者が「オウム」のドキュメンタリー映画を制作 「教団幹部」に密着」という弁護士ドットコムの記事。

https://motion-gallery.net/projects/ichimainoshashin
上記は、監督との「さかはらあつし」氏のカンパ募集、趣旨のサイト


「地下鉄サリン事件の被害者である私(さかはらあつし)が、事件発生から20年となる今年、地下鉄サリン事件の加害者であるオウム真理教(現・アレフ)で現在も広報部長を務めている荒木浩氏に密着し、カメラのレンズを通してオウム真理教の真実に迫る、という内容です。なぜこのタイトルなのかは、映画の中で明らかになります。サリンを吸った私でなければ撮れない映画です。

まずこの映画を私がなぜ撮るのか、説明しなければなりません。

1995年3月20日、当時会社員だった私は地下鉄日比谷線でサリンの撒かれた車両に乗り合わせました。サリンを吸ったことで後遺症を抱えることとなり、務めていた会社を辞めました。私の後遺症は記憶違いがなければ、生きている人の中では二番目に重篤だということです。それ以来、手足がしびれ、睡眠障害、体力不足と闘う毎日です。」で始まる。


ああ「サリンとおはぎ」という本を書いた人なんだ。
下記に紹介されている。
http://1000ya.isis.ne.jp/1484.html
アマゾンでは下記。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%81%8A%E3%81%AF%E3%81%8E-~%E6%89%89%E3%81%AF%E9%96%8B%E3%81%8F%E3%81%BE%E3%81%A7%E5%8F%A9%E3%81%8D%E7%B6%9A%E3%81%91%E3%82%8D-%E3%81%95%E3%81%8B%E3%81%AF%E3%82%89-%E3%81%82%E3%81%A4%E3%81%97/dp/4062160315/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1421301327&sr=1-1&keywords=%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%81%8A%E3%81%AF%E3%81%8E

世の中には色々な人がいるから、不思議ではない。「サリンとおはぎ」を読んで、危ないなとも思っていた方。まあ出来上がってみないと批判はできないものだが、一言だけ。

アレフもひかりの輪も、あまりに欺瞞的であることを知ってくださいね、そして自らの発想自体に疑問も持ってね、と。


そのアレフは、人を勧誘するに当たり、信頼関係が確立した後にオウムと分かるようにして、しかし「1−事件はでっち上げ」として勧誘している。ついで「2−尊師は関係がない、弟子が暴走した、スパイもいた」とかいう。やがて、神秘体験などで感染にはまってきた中で「3−あれはポアとして有効だった、尊師には深いお考えがある」と言うように進んでいく。その大幹部が荒木君さ。

監督さん、そんなふざけたことをしているアレフの大幹部に密着するというのだから、まずそんな勧誘方法の問題点を深く指摘しなければならないよ、と。それから重要なことは、荒木君も体験した薬物のイニシエーションはどんな感覚だったのか、今は良いことと思っているのか、そしてその体験を教団の一員としてどうとらえているのか、とか聞かないと。

ああ、ひかりの輪については、これを率いている上祐こそがこの荒木君を取り立ててきて、結局、後にアレフの大幹部とさせてしまった人。また大幹部で事件内容も知っていた上祐が、イケシャアシャアと「宗教事業」ができる立場なのか、とね。盗人ずうずうしいというものだと。一人で汗と涙を流してみる気もないのか、と。

通例の感覚を全て忘れてしまうと、映画「A」につき、オウム教団から撮影の便宜を図ってもらうだけでなく、「映画A推進委員会」とか作ってもらい上映に協力してもらいながら、イケシャアシャアとしていられる森達也氏と同じ類になってしまうよ、と。 麻原弁護団のいう「弟子の暴走」に賛同しながら、教祖につき弁護団のいう無罪主張をしているのではないと言うなど、自己撞着、自己矛盾の平気な森達也氏と同じになってしまうよ、と。

もちろん、現役幹部の荒木君に密着してつくっていけば、問題の本質が描けると考えること自体が安易だ、と。

ああ、(下記は2015.2.5追加訂正)
1−自らの紹介で『私の後遺症は記憶違いがなければ、生きている人の中では二番目に重篤だということです。』はいかんです。
 謝罪して、訂正しないといけないです。被害なぞ受けなかったほうが良いのはもちろんですが、「記憶違いがなければ」という無責任が書き方をしているが、もちろん間違いです。

2−高橋克也被告の裁判を傍聴するに当たっては、居眠りしないでください。係官から注意されるなど、恥ずかしいとわかってください。

3−サイトを見ると、オスカー賞とかアカデミー賞とか、誇大妄想ではないか、と気になります。

4−本を書いたり、映画を作ろうとしたり、それは生きているからであり、まさに幸いでした。
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