2014/6/24

大人になった子の親  日常のこと

大人になった子の親

うーん、今はそんな事件がないので、書きます。
離婚事件、これまで数百件扱い、相談もいれれば数千件にはなろう。

離婚事件を見るに、親の干渉が原因だよなあ、と思う事案がある。−それは、夫または妻または両方がひどい状況で、親として頼られざるを得ない事案ではなく、親の干渉が原因だよなあ、と思う事案です。

・結婚したのに、やたら親が来たりして、つまりは親が子離れしていないとか、
・実家で出産後、なぜかいつまでも帰らず、帰らないままとなったり
・財産家の親が高齢化してまた同居したいからか、小さな子供までいるのに離婚に向けた干渉を繰り返したり


−昔も確かに、嫁いびりみたいなのでの離婚があったが、今は経験しないなあ。実に減った感じです。なんか状況が違う。

この壮年・老年の親がいなければ、この夫婦は離婚にはならなかったんだろうな、子どもも片親にならなかったんだろうな、なんて思う事案がある。

そりゃ、本人らがしっかりと「新しい家庭」という自覚を持った大人で、夫婦間の成育歴の違いも克服して、自分で判断できればいいのだけれど、親の言うことをいつまでも聴いたりもする。また、そんな親が心配で、そもそも結婚に向けた気持ち、行動もとれないままの「大人となった子」も多いのではないか、と感じる。恋愛も自ら抑制し、結婚に向けた行動もとれないまま。

親の干渉は、少子化でより集中していこうし、子に比較してお金がまだあったりするから、限度がない。

だが、子どもが成人となれば、「追い出す」のが親の仕事だと思う。「居たい」と言っても追い出すべし。親は、子どもが結婚、ましてその子(つまり孫)もできているのであれば、なんとかその家庭を維持させたい、まして干渉して壊すようなことをしないのが、責任というものだと思う。若い人は現代では益々お金がないから余裕あればお金は出してやっても、口を出すべきものではない(ああ、宝くじ当たらないかなあ)。

ああ、それから少子化が進んでいるのに、「家の維持」のため「良い嫁」を欲しがったり、「婿取り」とか未だ考えている親も未だ居たりする、バカかと思う。墓とかも、まあ維持してくれればラッキーと考えるべし。多くの子を成しているのでもないのに維持できる訳がないではないか。そもそも先祖代々の墓なぞ、よほどの名家でなければ江戸時代後期以降の200年程度の風習でしかないし、「名家」であってもそんなのは無常。そもそも300年前の祖先は、25年世代計算で、4096人いるのだ。

そんな親は、子の幸せを真実は望んでおらず、また次世代に対して無責任に過ぎると評価すべきではなかろうか。
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2014/6/30  11:55

投稿者:友北

こんにちは。
>親-たまに子どもに帰れる唯一の心の居場所
ええ、そうですね。そして「帰る」という行為は、出ていかないとできないこと。

>「育てたくないなら生まなければ良かったじゃない」周りからは円満な家庭に見えても裕福に見えてもそれが私の世代の本音
うーん、どうなんでしょうか、世代論一般で言われても。私も全体として述べているのではなく、そんな事例がそれなりにあるということで述べているものです。

>私たち若者がダメだと言うなら、ダメでない生き方というのを誰かに教えてほしい
>今の私の世代はみんな親からの優しい愛情を感じて育っていません。
いえ、若者がダメとかこの文脈で言ってないです。もとより「教える」ものではない。また「みんな」とは言えないだろうと思うんです。世代でいえば親がバブル世代だったりして、金銭ごとに解決する傾向、「苦労してきた親」が昔より少ないのかもしれないですが。
それから「優しい愛情」を受けていない感じかなあ。うーん。

2014/6/25  19:22

投稿者:二十代女性

思うことがあり、コメントさせていただきます。ある知り合い夫婦が離婚して、確かに原因が親のことだったのです。奥さんがお母さんに従順で100%言うことを聞いて、更には旦那さんにまでそれを押し付けるということが起こってしまい、母親と自分をどちらを取るのかと旦那さんは問わず、夫の代わりはいるけど、母親の代わりはいないと思って、身を引いたという離婚でした。親と子は年齢的にいっても生涯を共にすることはできません。一緒にいる時間が長いのは伴侶なのかなと思います。しかし、大人になると思うのですが、親というのはたまに子どもに帰れる唯一の心の居場所として、遠くであっても見守っていてほしいなということです。特に社会で大人でいる人ほど、たまに子どもに帰れる場所がないと大変なように感じます。伴侶をそういう存在にすることはあまりよくありません。それでは、親子で結婚するようなものです。子どもは親からの返しきれない愛情を感じた場合、自分がその親の愛情を受けるにふさわしい存在だったと思えるように社会や人々のために頑張れるのかなと思うのです。今の親は学歴や物質を与えるだけで、恩返ししようと思ったら、お金を返せば終わりのように同年代の友人などを見て思います。「育てたくないなら生まなければ良かったじゃない」周りからは円満な家庭に見えても裕福に見えてもそれが私の世代の本音なのです。もし私たち若者がダメだと言うなら、ダメでない生き方というのを誰かに教えてほしいと思います。悲しいことに今を生きる上の世代のどんな著名な方でも生き方として、この人の生き方から学びたいなと思えることがありません。学ぶの語源は真似ぶといいます。手本もないのにダメでない人間になることはできないです。お金や学歴や物質など、後から返せるような恩ではなく、愛情や価値観の形成など返せない恩を思うくらいに育ててくれたなら、子どもも努力してそれにふさわしい人間になろうと思えます。大人になって追い出すことも愛情だとは思いますが、間違うと邪魔になったから捨てられたと子どもは勘違いしてしまう気がします。つまり今の私の世代はみんな親からの優しい愛情を感じて育っていません。厳しさだけでは、愛情を受け取れないかなと思うのです。優しさと厳しさ、愛情は両面ないと、片寄っていては時に害になるのかなと思います。ひとつの意見としてお考えいただけると幸いです。

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