2013/8/16

上祐史浩さん  カルト・宗教・犯罪

あちゃ、上祐さんももう50歳か、速いもんですね。
いつの日か、「お帰りなさい」と言いつつ麦茶でも飲みたいものです。

下記の8月13日ブログで紹介した産経新聞の上祐インタビュー記事、
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130811/waf13081107000002-n1.htm
実に秀逸です。


記者は、オウム真理教を含め破壊的カルトについて相当程度研究し、また上祐の経緯と、被害者らの心情にあたったうえで、このインタビューをされたのでしょう。
そして素朴な質問が、実に大切であって、よく分かっておられると思います。

他のジャーナリストでもできる筈のことですが、多くはなんか「上祐を自ら評価してみよう」なんていう感覚で「取材」ではなく「対談」してしまい、つまりは共に本を出したり、寄稿したりする関係となって上祐に利用されていっているんです。

まあ、上祐側、ひかりの輪は、またインタビューの一部を適当に切り貼りしていて、真意を表していない、歪曲・ねつ造だとか言う出すのでしょうけれど、録音は当然していて、表現自体を変えることはそうないものでしてね。
上祐の感覚は、その言葉の端々から分かろうと言うものです。

上祐は、そもそもアレフとの話し合いにより、会計も別にし、その居住・道場をアレフと分かれたものです。上祐は、麻原が過去に言ってたとおりに「独立」し、オウム集団組織をもとにできている団体を作ってきたのです。「分派」でさえなく「分裂」に過ぎません。

上祐は、ほとぼりを冷ました後に「教祖の教えを残し再興する道だったのだ」と言えばいいものです。そのためには、麻原さんの死刑を求めるたり、「敵を欺くためにはまず見方から」くらい、上祐ならやるさ。そんなことはない、と言うことであったとしても、この経緯の「ひかりの輪」であることは認めざるを得ないでしょう?

上祐さん、真実脱会、自立したとしたいならばまずは一人にならないと、幹部であったならば尚更に麻原さんのもとで宗教的な指導をしてきたことも心底、恥と思わなくては、(まともな判断能力あるものであれば)誰も相手にしないものです。

【再び忍び寄るオウム・番外編(3)】
上祐氏「私にはカリスマ性がある。だから私が引っ張り、オウムを超える
2013.8.11 07:00
のうち、新たに「あああっ」と思った所をだします。


>私は宗教をやりたいから続けているのであって
あのね、まだまだ生きていたい人を殺したのがオウム真理教なんです。ご自身は、自分の願望をまずは掲げていい立場ではないんです。

>やる以上は被害者に賠償し、社会的責任を
あのね、上祐さん自身はまったく稼いでいないでしょ。そして「宗教事業」で稼いで賠償とか言っている。恥を知らない宗教指導者は、すなわちまともでない宗教指導者なんです。

>『宗教は悪くない。麻原の中にも良い所はあった』という前提。
「麻原さんの言っていることに正しいところもあった」のはその通りですよ、日本は米国の属国だとか、もちろん人は必ず死ぬとかね。問題は麻原の本質がどこにあったか、なんです。チベット仏教自体は別に麻原さん経由である必要はない。「麻原の中には良い所」なぞなかったのです。

−あなたが宗教団体の代表として他の会員を率いる必要が、なぜあるのか
>「逃げるのではなく、オウムを超える。21世紀の宗教を作ること、ひかりの輪としてモデルを提示していくことが、オウム的なるものを払拭することではないでしょうか」

麻原に嵌り、将来のことを推測もできない、言い換えれば洞察力がないことの証明されている「あなた」がその能力のないことは明白でしょうが。または推測しても容認してきたのであれば、尚更にそんなことをしようとして良い立場でないこと、まともにできる筈がないこと明白でしょうが。

−−あなたがする必要はないのでは
>「カリスマ性のある人間が、バランス感覚を持ち、神でないと自覚しながら上下関係を形成することが課題ですから」
−−自身にカリスマ性があると認識している、と
>「簡単に言うとまあ、そうですね」

ワラワラワラ、しょもな、ワアです。
「私は解脱した」とか「私は神だ」と言った人は過去多くいたが、「私にはカリスマ性がある」なんていった人はいないでしょう。その論理矛盾と恥ずかしさを、どんな酷い教祖でも知っていたからです。


−−被害者感情に立つと、あなたが宗教をすることへの反発はあると思うが
>「**ただ、オウムは社会が作ったところがある。***社会が作る暗部ですから」

あのね、ご自分が言う立場ではないのです。そして質問に正面から答えていないことを自覚せよ、と。

−−被害者の方々から見れば、あなたを許せないのではないか
>「**麻原だって『日本が生んだバカ息子』という考え方もできる。バカ息子が改心するのを見守る気持ちにはなれないでしょ。死んでほしいでしょ。気持ちは受け止めますが、死にません。前に進みます。私たちは死なないし、消えない」

質問は、「あなた」に対してなんです。正面から相変わらず答えていない。そしてなんとも、歴史・思想上のヒーローとでも思っているのかしら。「宗教をする、まして指導する上祐」なぞいらんのです。

「あなた」は、ただただ麻原に嵌り、親兄弟にやたら迷惑をかけ、恋人を麻原に捧げ、その謝罪さえ未だ行っていない、宣伝部隊として教団の正当化活動をして社会に多大な迷惑をかけ、偽証罪・文書偽造罪などしてきた「あなた」なんです。


>私は最大の失敗者の一人だと自覚しています。自分よりはるかに大きな罪、十字架、批判、失敗、挫折を負った上祐が、どうして生きていられるのかと思って(私を)求めてくる人が、社会にはいる。

自分一人になって、力仕事でもしてみなさいよ、額に汗して、人間社会のいいところ、悪いところを実感していらっしゃいよ、と。
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