2012/9/16

尖閣諸島、竹島のこと  カルト・宗教・犯罪

実はこの8月下旬、中国に行ってました。
北京、西安(昔の長安)、桂林そして上海とかなり強行軍。
良かったですよ、うーん歴史の深さ、
−故宮、万里の長城、兵馬俑、楊貴妃の温泉、桂林の山々と水、そしてどでかい上海
話しだせばきりがない。

高校時代に、下記を覚えせられており、第2外国語も中国語にしていたものでして、実にあこがれの地でもあります。
インセイシュウトウシュウシュンジュウセンゴクシンゼンカンシンゴカンギゴショクセイシントウシンソウセイリョウチンズトウゴダイホンソウナンソウゲンミンシンチュウカミンコクチュウカジンミンキョウワコク

で、どこかの人の多い広場ででも、
「日中間没有領土的問題」「我望日中間友好」
とでも書いて−通じるのかなあ
立ったらそりゃ大変なことで、翌日は世界中の新聞に出るんだろうなあ、
なぞと思った。
まあ、最後のホテルのメモ書に後の方の文字を書いて来ただけだけれど。


中国人のガイドさんが日本語案内をしていたところ
ジロッーとにらむ感じで何人か若い人が通っていったなあ。

1−
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9月11日付で中国大使に任命された西宮伸一氏(60)が16日朝、死亡。
 西宮氏は、丹羽宇一郎中国大使の後任として10月に着任予定だったが、9月13日に自宅近くの路上で倒れて入院し、治療していた
*******

これ、何か気になるなあ。病名など出ていないんだもの。通例は、脳出血とか、心筋梗塞とか出ているものだもの。
まさかなあ、個別暗殺で使われるVXとか(オウム真理教が使ったです、ガスではなく溶剤です)、ポロニウムとか言うのではないよなあ。なんなんだあ、と。

2−竹島、尖閣諸島
外務省、ウィキなどによれば下記
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竹島−外務省PDF
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/pdfs/pmp_10issues.pdf
竹島
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%B3%B6_(%E5%B3%B6%E6%A0%B9%E7%9C%8C)
1905年(明治38年)1月28日、日本政府は島根県隠岐島司の所管の竹島と閣議決定し、以降、竹島は行政区画では島根県隠岐郡隠岐の島町竹島官有無番地
日本が放棄する地域に竹島を入れるようにとの連合国への韓国の要求は、かつて朝鮮の一部として取り扱われたことも領有権の主張がなされたことも決してないとして拒否され、サンフランシスコ講和条約発効直前の1952年(昭和27年)1月18日、大韓民国大統領李承晩は李承晩ラインを一方的に設定して竹島を占領した。1965年(昭和40年)の日韓基本条約締結までに韓国により、このラインを越えたことを理由に日本漁船328隻が拿捕、日本人44人が死傷(うち5人が死亡)、3,929人が抑留された。竹島近海では16人が死傷。韓国側からの海上保安庁巡視船への銃撃等の事件は15件におよび、16隻が攻撃
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尖閣諸島−外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/index.html
尖閣諸島
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%96%E9%96%A3%E8%AB%B8%E5%B3%B6
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%96%E9%96%A3%E8%AB%B8%E5%B3%B6%E5%95%8F%E9%A1%8C
現地調査の結果、いずれの国の支配下にもないと認識した日本政府は、1895年(明治28年)に尖閣諸島を日本の領土に編入することを閣議決定(中国側に確認及び通知はしていなかった)。この時期中国では内乱があり、尖閣諸島の管理を怠っていたことにより、このような誤解を招くことになった。同年、尖閣諸島は実業家古賀辰四郎に期限付きで無償貸与される。1880年代後半から1940年(昭和15年)にかけ、尖閣諸島には日本の琉球諸島の住民が建設した船着場や古賀が開設した鰹節工場などがあった。
久場島と大正島は1978年まで在日米軍が射爆撃場として使用していた。
久場島: 沖縄県石垣市登野城2393 所有者:個人(賃借者:登記なし)地積:87万4049
******


3−
それで、なのだが。
竹島の編入は1904−5年の日露戦争の頃、尖閣諸島の編入は1894−5年の日清戦争の頃。
日本において、それだけを言っていて世界中に強い説得力をもつと思っていたならば、それは甘過ぎると。日清、日露戦争は侵略戦争ではなかったとか、言ってみたって、それは世界の共通認識ではないのだから。^編入自体がいかに平穏に対処したからとて、相手方の国がやたら弱っていた時期でしてね。

第1に、外務省サイトは下記の表紙から、上記外務省PDFなどに直ちにリンクできるようにできるようにし、もっともっと、しっかり書くべきだと。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/
第2に、それをしっかりと、国民と諸外国にも宣伝すべき、だと。

4−
もちろん、中国・韓国ともに、戦争する訳にはいかない、というのはその通り。紛争をエスカレートさせたがっている輩は、バカ者としか言いようがない。
−大きな貿易相手国であって互いに必要としており、そうでなくとも火遊びのように戦争なぞしていいものではないのだから。火は、決して島だけに限定できないのだから。
−ちなみに、そもそもが、日中平和友好条約の後、馬鹿正直に棚上げし続けてきた自民党政府のおかげで、ここまでに至ってきた。せこく中国が混乱していた天安門事件とかあの頃に、着々と実効支配を改めてしていっていればよかったもの。官僚の先送り体質、無責任体質そして戦略のなさが、こういう結果になっている。

5−
でもいまどうするか、問題は。

自信をもった意見は、言えない。良く分からない。
−落とし所をトップに近い同志で探りつつ、一進一退を繰り返し、国民に忘れられていくのが最も良いのだろうと、海底資源は又後のこととして。

でも、具体的にはどうすべきなのか。
−中国の漁民に対して実はこの所許していた?漁を一部黙認しつつ、灯台や、船だまり、ヘリポート、港の建設を少しづつ中国に黙認させていくということかな。
−それとも、一夜城のように、一気に4−5日でそれぞれの島・岩礁に灯台を作り、船だまり、港、ヘリポートやら、通信基地を作るべきなのか。エスカレートは1回にしてしまうべきだから、という発想にて。うーん。

ちなみに、下記に書いた与那国島の防空識別圏は、2010年に一応はまあ変わったみたいですね。台湾は黙認したのだろうが、それは良かった。これは民主党政府の功績。
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%97%5E%93%DF%8D%91%93%87&inside=1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8E%E9%82%A3%E5%9B%BD%E7%A9%BA%E6%B8%AF#.E9.98.B2.E7.A9.BA.E8.AD.98.E5.88.A5.E5.9C.8F.E5.95.8F.E9.A1.8C

6−
それから、8個の島や岩のうち(3島では決してないです)、久場島と大正島は1978年まで在日米軍が射爆撃場として使用していたことが知られていなさすぎではないか。改めて自衛隊がそのように使用して、ましてそのような経緯を強調して、何の差し障りがあろうか。
米国もその経緯自体は否定できようがない。言い換えれば、そのようにしても、中国は容易に動けない。
大変な説得力があるのではないかなあ。

それからその、琉球王朝の末裔の人はいないのかな。その人が本当は琉球王国のものだ、日本も中国も許せん、と言ってくれたら、曖昧に終わっていけるのでは、なんて思う


日本国政府は、中国に「血も涙も流したくも流させたくもないが、決意は堅い」のメッセージは送ってあるのかなあ。
民主党になった後だと、仙谷さんあたりが、あの船長について、裁判もさせずに帰国させたことが大きな間違いだったと、やはり思う。あの時、まあ執行猶予判決であってもしっかりと有罪判決を得た上で帰国させていれば、中国の国民と政府の、日本を見る態度は違っていた筈だ、と。日本に法的な自信がない、そして弱気な国だと誤解させたのだと考える。

ああ、竹島については、韓国あてに国際司法裁判所への申立て云々を毎年やっていくだけで良い。それでも自民党政府の時よりも遥かに良い。いつかの時代に解決できるものだ、と。既にあそこまで実効支配されており、それ以上のことをするのはデメリットが大きすぎ、かと言って何もしなければ「問題がない」と世界に誤解させてしまうのだから。

6



2012/9/20  8:39

投稿者:takitaro

>明清の時代までさかのぼると、
そう言うことだと思います。

というか、世界のあちこちで国境は確定していないことが多かったと。まして、当時の日本国ではなく、琉球国の範囲なのですから。

で、国際法としては、編入の時期とその後の実効支配が課題なのですが、一応日本のもの−というか沖縄が日本の一部になったの太刀の日本のもの−と言えても、その時期がまずいよなあ、とそりゃ思います。

ですから、
1−そんな時期ではあったが平等な交渉なり確認の上だったと実質を述べ、その後の実効支配を、内容、年月日を裏付けともども明白にして述べ、

2−中国が明の時代からいっていたと言うのと同じく、琉球の人らも多くいっていた、という事実があればそれを指摘し続けることが大切だと。

2012/9/20  0:07

投稿者:てるてる

中国駐在の日本人の方のブログでも、明清の時代までさかのぼると、尖閣諸島の領有について、日本固有なのかどうか自分にはわからない、という意味の記事を読みました。
私もその点に疑問を持ってブログの記事にしたことがあります。

都知事のアピール
2012/4/22(日)
http://blogs.yahoo.co.jp/saihikarunogo/33380307.html
>でも、ということは、当時の沖縄や台湾や中国大陸の人々も、知っていたはずで、彼らは、大昔から、漁船や商船や海賊船や密貿易船の寄港地として、利用していたのではないだろうか。
>そして、尖閣諸島は、明治維新後、日本の領土となった。これはまあ、沖縄が日本国に編入されたから、自動的にそうなったらしいけど。
>でもでも、大昔から、尖閣諸島のあたりまで来ていたのであろう、中国大陸や台湾の漁船を排除する権利なんて、大日本帝国にも、なかったんじゃないのかしら。
>それなのに、現代において、中国の漁船を、不法だとか不当だとかいって排除するのって、それが法律に基づいたものであっても、なんか、向こうさんにしたら、そっちのほうがあとから来たくせに、って思って、納得がいかないんじゃないかしら。

http://blogs.yahoo.co.jp/saihikarunogo

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