2011/9/8

ああ言えば上祐、こう書けば森達也さん  歴史・定義・知識人の責任

ああ言えば上祐、こう書けば森達也さん
−言説変更、『殿様と家臣の共振現象』


森達也氏のインタビュー記事が出ているのですね。
朝日新聞2011年9月6日夕刊の記事「教祖と弟子の相互作用」−塩倉裕氏の記事です。以下はその一部
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森は、「麻原彰晃の意図とは別に」「勝手に」側近が動いたとする「暴走」説を退ける一方で、「自分たちはすべて管理されている」と弟子たちが思いこんだ時間こそ「主語を失った過剰な忖度」が駆動したのではないか、と話した。
(抗議に対しては)森は「本の内容を踏まえた批判とは思えない。無罪主張をした覚えはない。」と語る。

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あのー

1−森氏は、A3で、松本死刑囚について「有罪だ」とか「無罪を主張しているのではない」などとは、一切書いていない。

2−この記事で言う「過剰な忖度」は、一審弁護団でも主張してきた無罪主張の論理だったでしょうが。
−「A3」487ページで、「言いかえれば幹部信者たちが、「これは尊師の指示である」として、信者たちに指示や通達を伝えることがとても多くなった。こうした過剰な忖度は暴走する」と記述してあります。一審弁護団の無罪主張とどう違いましょうかしら。

−そして「教祖の意図」どころか「指示」がなければ有罪にはできないものです。「暴走を促した」どまりでは無罪です。そして「意図」「促した」どころか「指示」が、抗議書別紙のとおり具体的に認定されている事案なんだよ、と言う指摘です。

3−森氏は、繰り返しになるが、
−A3初めあたり94ページで、
「弁護側は、起訴された13の事件すべての背景に『弟子の暴走』が働いているとして、被告の全面無罪を主張した。」としている上で

−終盤の485ページで、
「この周辺と麻原との相互作用。そこに本質があった。連載初期の頃、一審弁護団が唱えた『弟子の暴走』論について、僕は(直観的な)同意を表明した。二年半にわたる連載を終える今、僕のこの直観は、ほぼ確信に変わっている。ただし弟子たちの暴走を促したのは麻原だ。勝手に暴走したわけではない、そして麻原が弟子たちの暴走を促した背景には、弟子たちによって際限なく注入され続けた情報によって駆動した危機意識があった。」と書いている。

 相互作用の指摘にとどまらず、一審弁護団の全面無罪主張である「弟子の暴走」論についての「直感的な同意」を「ほぼ確信に変わった」と書いているんです。

これ、どのような文学的な修辞を施そうと、理屈をこねようと、自分の「弟子の暴走」論が、無罪主張に帰結することを認めているというほかはないですよ。

今回、朝日新聞では「相互作用を言っただけ」というような説明に、変えているんですね。なんとご都合主義な。

「ああ言えば上祐、こう書けば森達也さん」とでも言う外ないと


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 ちなみに「相互作用」は、傍聴を重ねてきた方ならしばしば感じ、あちこちに出ていることではないかしら。

1−カルト問題に長年携わり、証人にも出てきた浅見定雄東北学院大学名誉教授が、もともと「殿様と家臣の共振現象」と、より正確に表現してきたのと類似し、

2−破壊的カルトでは、代表の回りがイエスマンばかりとなり、教祖の歓心をかうために教祖あてにも刺激し合うこととなり、目新しいことではなく、

3−オウム裁判を傍聴してきた多くの方々も感じ、例えば朝日新聞の降幡賢一氏が「蚊柱」として表現してきたことでもあり(私は蚊柱の喩だと中心がないから問題ですと指摘させていただいた)、青沼さんの「オウム裁判傍笑記」にもよく出ていて、弟子間の「帰依」競争さえも見られたものでした。

4−「殿様と家臣の共振現象」は、私の下記ブログにさえ記載しています。読んでおられたかな。
2009.8.17 http://sky.ap.teacup.com/takitaro/871.html
2010.2.15 http://sky.ap.teacup.com/takitaro/941.html

 それを新発見のように、よくもまあ言うものだ、と感じます。

 そして、「A3」では、そんな相互作用にとどまらず「弟子の暴走」論を言ってるのに、説明を変えてきた。なんとも。そして、抗議書の別紙を読めば、「弟子の暴走」論なぞ的外れであることは明白です。具体的に3つあげれば、下記のとおり。

1−松本死刑囚は、例えば、1995年3月の地下鉄サリン事件では、いわゆるリムジン謀議を別としてでも
・18日午後11時ころ遠藤誠一被告に「ジーヴァカ,サリン造れよ。」などと言い、
・19日午後1時過ぎころ、井上死刑囚に対し「アーナンダどうだ。」「じゃ、おまえたちに任せる。」と言い
・午後10時30分頃、遠藤被告が「できたみたいです。ただしまだ純粋な形ではなく混合物です。」と報告したのに対して「ジーヴァカ、いいよそれで。それ以上やらなくていいから。」と言い
・3月20日未明、遠藤被告がサリン入りビニール袋11個について「修法」という儀式を求めたのに対して、段ボールの下に手を触れて瞑想をし、修法を終えた
のです。

2−松本死刑囚は、例えば、1989年2月上旬ころの田口殺人事件では、実行犯に対して、
・「まずいとは思わないか。田口は真島のことを知っているからな。このまま,わしを殺すことになったらとしたら,大変なことになる。もう一度,おまえたちが見にいって,わしを殺すという意思が変わらなかったり,オウムから逃げようという考えが変わらないならばポアするしかないな。」
・「ロープで一気に絞めろ。その後は護摩壇で燃やせ。」など
と言ったのです。

3−松本死刑囚は、例えば、同年11月4日未明の坂本弁護士一家殺人事件では、実行犯に対して、
・「今、ポアをしなければいけない問題となる人物はだれと思う」と述べ坂本弁護士を名指しし
3日午後11時ころ、電話をしてきた早川死刑囚に対して
・「じゃ,入ればいいじゃないか。家族も一緒にやるしかないだろう。」
・「人数的にもそんなに多くはいないだろうし,大きな大人はそんなにいないだろうから,おまえたちの今の人数でいけるだろう。今でなくても,遅い方がいいだろう。」
と言ったのです。


 そんなことを一切記述も分析もせず、どうして「A3」で「弟子の暴走」なぞと記述できる感覚が分からないです。まして、どうしてノンフィクション賞が授与されるのか、不思議。オウム集団側としては、講談社ノンフィクション賞を授賞した「A3」ということで、実に格好の勧誘材料となったなあ、と思います。「映画『A』推進委員会」と同様に、今度は秘密裡に「書籍A3推進委員会」でも作ったかなあ。
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