2010/12/12

オウム裁判と15年間の変化−その2  カルト・宗教・犯罪

オウム裁判と15年間の変化−その2

第2 被害者救済と特別立法による監視
 1 宗教法人としては解散、そして破防法、財産処分について。
オウム真理教に対しては、1995年10月29日東京地裁から、「宗教法人」としての解散命令が出された。サリン製造の認定に基づいている。同年12月19日東京高裁は即時抗告を棄却し、法人としての解散が確定した。

一方、公安調査庁は同年5月24日、この「団体」を破壊活動防止法上の調査団体に指名したうえで12月20日、弁明手続きを公示し、1996年7月11日には解散命令を請求した。同法上、初めてのことである。弁明では、教祖麻原自身までもが教義などを得意満面に説明した。
公安調査庁の動きは、あまりに遅かった。大規模な強制捜索が続き、首謀者も幹部らも次々逮捕され重い処罰が予想される状況下で調査団体にするという体たらくであり、もはや「暴力主義的破壊活動」を「継続又は反覆して」なす「明らかなおそれ」が認められる「十分な理由」はないという外なかった。公安審査委員会は、1997年1月31日解散請求を棄却した。

この破防法上の解散命令や、宗教法人の解散命令には、まともな財産処分規定がないという欠陥がある。それは「破産制度」によるしかない。そこで、1995年12月8日、被害者自身が、氏名などを明らかにする恐怖を押し切って破産を申し立て、次いで国が申し立てた。1996年3月28日、東京地裁はこれを認め、破産管財人阿部三郎弁護士らによる財産処分が始まっていき、1996年末までに施設から信者をすべて退去させることができた。施設解体費は、管財人の説得により、国が廃棄物として負担した。

2 税金などが優先するという不合理
既存の破産制度によれば、配当の際には被害者よりも税金が優先されてしまい、被害者の救済に欠ける。そこで、破産管財人と被害者らは、国、地方公共団体や国会議員に強く働きかけ、異例にも税金を劣後させる特別法を制定させるに至る。1998年4月24日成立の「オウム真理教に係る破産手続における国の債権に関する特例に関する法律」である。

3 破産宣告後の財産と賠償契約について。
また、既存の破産制度では、破産決定の際の財産のみが「破産財団」を形成し、その後に集団が実質残っていて財産ができてもこれを配当に回すことができない。それは同時に、団体としてのオウム真理教の存続復活を容易にしてしまう。
そこで、更に被害者や管財人は努力し、1999年12月7日「特定破産法人の破産財団に属すべき財産の回復に関する特別措置法」を制定させるに至る。これにより、後に教団が取得した財産も既存団体から「流出したと推定」され、既に法人格はないが団体である教団が、2000年7月6日破産管財人と賠償契約を結ぶに至っている。

4 あらたな団体規制法による「観察処分」
上記法律の成立と同じ日、「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」が成立している。これは、破防法の解散命令が棄却されたことを受けて、公安調査庁として別に監視する方法を模索した結果である。
この法律に基づき、教団は、2000年1月31日から3か月ごとに施設、信者、活動状況を報告しなければならず立ち入り調査にも応じる「観察処分」を受けており、3年ごとに更新されている。
同法には、観察処分に違反したり甚大な違法行為があれば、6か月間なんら活動してはならない「再発防止処分」ができ得ると規定されているが、まだ発動されていない。同法は5年ごとの見直し規定があるが、継続されてきている。

対象団体は、「麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現することを目的とし,同人が主宰し,同人及び同教義に従う者によって構成される団体」である。すなわち、対象はオウム真理教の分派とみられるいくつかの団体を含めたすべてである。が、現実に対応しているのは、後記の「アレフ」と「ひかりの輪」のみである。

観察処分につき、「ひかりの輪」への公安審査委員会の対応が注目される。というのは、2009年1月23日更新決定では「未だ脱却が行われたものと認めることはできないが、今後の『ひかりの輪』の活動が、両サリン事件等に対する真の反省に基づき実施されるものであると認めることができるか、また、被害者や周辺住民等の理解を得られるものであると認めることができるかを注視していくことにしたい。」と付言からである。将来、観察処分の対象から外す可能性がある。

筆者は、この付言は重大な間違いを犯している、と考える。「ひかりの輪」は後記のとおりの背景と実態を持つものだからである。
  「ひかりの輪」は同委員会に観察処分の取消しを請求し、「アレフ」は、東京地方裁判所あて取消請求訴訟を提起している。

5 オウム真理教被害者の民事救済
破産制度による配当は、上記の管財人や被害者らの努力により、外部の人身被害者に対して36.87%(寄付金を含めれば40.39%)という一般の破産実態からは高い配当率になったが、人身被害であるという特質からは足りるものではない。
一方、米国は2001.9.11アルカイダによる奪取した航空機を使った同時多発テロの人身被害につき、数カ月を経ずして被害補償をしていた。日本でも犯罪被害者等基本法が2004年12月8日成立し、間もなく犯罪被害者等への給付金が増えた。が、給付金増額はさかのぼって適用されない。
そこで、地下鉄サリン事件の遺族高橋シズヱさんをはじめとする被害者らは、引き続き強く社会や国に訴えた。国に対するテロ事件の被害であり、警察などがまともな捜査していればここまでの被害にはならなかったからである。

その結果、ようやくにして2008年6月23日「オウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律」が成立した。内容は、一連のオウム事件のうち外部人身被害者につき10万円から3000万円を国が補償し、国がオウム教団に求償するというものである。これにより大幅な救済が図られ、また地下鉄サリン事件では、死亡者が刑事裁判では12人であったが実は13人であること、傷害を受けた者も5000人余りではなく6300人に上ることが判明し、給付につなげることができた。
だが、重い障害を負っている方らへの補償額は不足し、医療・療養体制は備えられておらず、被害者らへの継続的なケアー体制もないままである。

  なお、上記とは全く別に、早期に、上記「家族の会」の提唱で「見舞基金」が作られ、信者家族や脱会者137名が12,956,107円を拠出し、1996年中に外部死亡者遺族に50万円ずつ受領して頂いたほか(受領いただけないご遺族もいた)、管財人が作った寄付口座に2,717,498円を入金している。

6 オウム教団の民事責任
オウム集団の民事責任としては、上記救済法に基づく国の求償権に応ずる義務のほか、被害者自身の未だ補償されていない請求権が優先する。そこで破産管財人は、2009年3月18日に裁判所の許可を得て、「オウム真理教犯罪被害者支援機構」に、教団との間の賠償契約上の債権を譲渡し、同機構が請求・受領することとした。

ところで、前記の破産管財人と教団との間の2000年7月6日付賠償契約は、オウム集団の後継である「宗教団体・アーレフ」が、破産手続き上確定した債務(51億5830万9374円)を引き受け、法人であったときの財産とは別に、まずは2005年6月末日までに内金9億6000万円を分割して支払うという内容であった。

教団はいったん合意した以上、破産業務が終結しても、これに応じて支援機構に対して支払う義務がある。しかし、オウム集団の本流「アレフ」は、上記債権が譲渡された後、支援機構との間で支払い合意をしないままであり、分派「ひかりの輪」は2005年9月7日合意書を交わしたものの、約定どおり支払わないままである。

その結果、寄付金などによる配当増加額をも加えて控除しても、破産結了直前の2008年11月18日現在で、残金24億7527万9050円が支払われていない。

*********************
4



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ