2021/4/4

西武鉄道の旅 再び 07 最終回  その他

 正丸駅から普通列車に乗って次の下車は高麗駅にする。
「高麗」と書いて「こま」と読みます。西武秩父駅からこの高麗駅までがフリー区間。

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 ホームの駅名表示はひらがなだった。

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 ホームには木造の上屋があって、これまたローカル感が出ている。

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 高麗駅と言えばこれ!この赤いモニュメントとにかく目立ちます。写り込んでいる人と比べてもその大きさが分かりますね。

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 高麗という名からも推測できる通り、大陸からの渡来人の里だったようです。
このあたりには高麗鍋というB級グルメ(自分たちでそう言ってるし)があります。それが渡来人の里らしく「キムチ味」「地場産野菜の使用」「高麗人参の使用」の3つが条件になっていて、トッポギが入っていたりと韓国風の料理です。

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 線路の向こうにはセメント工場。秩父方面と言えばセメント関連施設が風景の一部です。

 さて、駅の周りに何かないかと探してみると、超有名どころでは巾着田がある。夏の彼岸花で知られた所だが、今時期は勿論花は咲いていない。他には・・・「国指定史跡 高麗村石器時代住居跡」なるものがすぐ近くにあると案内板が出ていた。

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 駅前を出発して線路の下を潜り、最初の交差点に巾着田の案内とともに住居跡の案内も出ている。一応観光客を誘導する意思はあるみたいだ。この交差点を左折して160m!これは近いぞ。

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 自動車道から畑の中に向かい畦道に近い細い道を入るとありました。国指定史跡と誇らしげな柱もたっている。

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 位置関係はこんな感じで、黄色い矢印が高麗駅で遺跡はそのすぐ左下にある。

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 これが遺跡の全貌です。いわゆる竪穴式住居の跡だった。しかも1か所だけ。う〜ん国指定史跡・・・規模小さいぞ。これで史跡見学は終わり、駅に戻る。

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 ホームで列車の到着を待っていると、こんな奴が留置線にやってきた。西武鉄道が誇る観光列車「52席の至福」だ。どうやら営業運行終了後の回送のようだ。乗ってみたいが料金が高い。

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 特急ラビューと並びました。西武鉄道が誇る優等列車そろい踏み。

 これで今回の旅は終了。天気に恵まれ、名物を堪能し、良い旅でした。
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