2011/7/12

初夏の田切掃除05  飯田線の旅

 鳥居駅を後にして、写真のある駅は飛ばして、湯谷温泉を目指す。湯谷温泉駅につながる温泉街の路地に入る手前に足湯があった。足だけとは言え今回の旅初の温泉であるから早速入るというか足をつける。この日のお湯はかなり熱めで部長も大満足だ。でも、すぐに足が赤い靴下を履いたようになった。
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 温泉街の路地を抜けて湯谷温泉駅に着いた。駅構内に駐車場があって車を止められた。
ここに来るのは何年ぶりだろう?こうして駅前に立つのは実に18年ぶりくらいだ。木造2階建ての大きな駅舎は、かつてホテルとして営業していたこともあると言うが、さすがにそんな昔の事は知らない。僕が知っているのは無人駅だった湯谷から、有人に戻って湯谷温泉駅と改名した頃からだ。有人化した時に、地元の期待も大きく、駅祭りを行った。懐かしい昔の思い出だ。
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 ホームの側から降りてくるとこちらの面が正面になる。奥三河の秘湯、湯谷温泉の玄関口だ。
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 ついでに裏側。駅家の裏の写真を撮る人は珍しいので、将来の駅舎研究家の為に記録しておこう。何か付帯していた建物を解体したのだろうか?トタンで塞いだ跡がある。
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 駅舎の壁に貼ってあった案内看板。ゆ〜ゆ〜ありいなは、飯田線沿線での立ち寄り温泉施設の草分けで、当時はよく利用させてもらった。次第に沿線中〜北部にも立ち寄り温泉が増えて、使わなくなった。何箇所かテープで消してある施設があるようで、老朽化か、あるいは客減少で止めてしまったのだろう。
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 大きな駅舎の待合もやはり大きい。覗いてびっくりしたが、有人化の際にはこの広いスペースに地元の物産やお土産を売る売店があったのだ。それが綺麗さっぱり消えていた。利用客が少なくなったんだろうな〜。
 更にびっくりしたのは・・写真奥手の角の壁に観光ポスターがずらっと貼ってある上の部分。ポスターより小さな写真が貼ってあるが、これは僕たちが駅祭りの時に貼った湯谷周辺の写真だ。なんと20年以上も貼りっぱなしだったのだ。20年若い僕も写っていた。
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 湯谷温泉への歓迎のアーチ。駅敷地出口にある。最初に温泉街の路地に入った時から感じていたが、街の全体がすすけて古めかしくなっていた。ここもまた寂れゆく観光地なのかもしれない。
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 駅の合体スタンプも未だに無事現役でした。これもまた、駅祭りの時に僕が作って贈呈した物です。・・・とにかく懐かしい湯谷温泉駅でした。
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