ただの温泉大好きおやじが、入浴した温泉の紹介と温泉旅中の模様や、温泉に入れない日常のぼやきなどを書いているブログです。 温泉好きが高じて、 温泉ソムリエ協会認定「温泉ソムリエマスター」、 日本温泉地域学会認定「温泉観光士」、 NPO法人エイミック認定「温シェルジェ」、 日本銭湯文化協会「銭湯検定4級」 という資格?まで取ってしまいました。
2020年春の振り返り(2)公園  国内旅行

コロナ感染流行で、自粛がベースの生活をするようになりました。

そんな時期だからこそ、長年住んでいても全然足を向けなかった近所の公園や神社仏閣に運動不足を補うべく散歩した場所を列記してみます。

まずは公園です。

(1)亀有公園

この公園は駅の行き帰りで通常時にも通っていた公園です。

クリックすると元のサイズで表示します

漫画こち亀の舞台となっている公園で、

クリックすると元のサイズで表示します

亀有駅前の

クリックすると元のサイズで表示します

銅像と合わせて、

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

海外からの方も含めて、両さんファンが訪れる公園ではあります。

電車に乗ることがなくなり、通常時と違い行くことが少なくなった公園です。

(2)都立中川公園&区立大谷田南公園

クリックすると元のサイズで表示します

割と大きな都立公園。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

他から来る人はまずいなそうな、周辺住民の憩いの場という公園の横に、区立公園があり

クリックすると元のサイズで表示します

こじんまりしていますが、

クリックすると元のサイズで表示します

小さな子供は、

クリックすると元のサイズで表示します

この公園の方が楽しいのかもしれません。

ミニ列車は当然運休。

クリックすると元のサイズで表示します

でも人気が少なくなっているので、お散歩には悪くありません。

(3)東和親水公園と遊水遊歩道

江戸時代から排水路として使われていた用水路が、本来の役目を終えても遊歩道として整備されています。

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します

桜のあとは新緑がきれいで

クリックすると元のサイズで表示します

心和む歩道です。

きれいとは言えない水面ですが、

クリックすると元のサイズで表示します

鯉に、亀。

クリックすると元のサイズで表示します

カルガモと出会えました。

クリックすると元のサイズで表示します

遊歩道沿いにあるのが、東和親水公園です。

クリックすると元のサイズで表示します

池があるだけの小さな公園ですが、

クリックすると元のサイズで表示します

カルガモの子供たちが生まれて、

クリックすると元のサイズで表示します

育っていくのをみるのは、

クリックすると元のサイズで表示します

楽しいものです。

クリックすると元のサイズで表示します

(4)都立水元公園

我が家から5キロほどの場所にある公園で、徒歩で行くには遠いけど、わざわざバスに乗っていくほどとは思えず、このような時期だからこそ出かけました。

クリックすると元のサイズで表示します

大きな公園で西側の半分しか歩けず、園内の施設も休業中でしたが、身近にこんなに自然を感じられる場所があるのに、

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します

素直に驚きました。

クリックすると元のサイズで表示します

明治時代からのレンガ橋も、まだ遊歩道として使われていました。

クリックすると元のサイズで表示します

最後に公園ではありませんが、水戸街道の宿場町跡探訪。

水戸街道は、江戸時代の五街道ではありませんが、徳川御三家の一つがあった水戸への街道であり、奥州街道のバイパスとしての機能もあり、五街道の東海道、中山道、奥州街道に次ぐ、23家が参勤交代に利用する幹線街道でした。

奥州街道、日光街道の千住宿から分岐して、最初の宿場であった新宿(にいじゅく)宿跡に行ってみましたが・・・

クリックすると元のサイズで表示します

新宿に入る手前の中川の渡し船は、江戸名所図会にも描かれた場所でしたが、

クリックすると元のサイズで表示します

中川橋がかかり、川の流れも往時と変わり、

クリックすると元のサイズで表示します

面影は全くありません。

新宿に入っても、道は往時に近いルートで残っているものの、

クリックすると元のサイズで表示します

常磐線が開通する明治時代前半までは栄えていたらしいのですが、鉄道を拒否してからは凋落してしまった歴史通りで、現在は静かな住宅地です。

その新宿の手前に、亀有宿があり、江戸時代は中川の渡しが荒天で渡れない場合のための小さな宿場だったようですが、現在は駅周りはにぎわっています。

その代わりに、往時の面影はなく、一里塚が江戸時代にもありましたが、

クリックすると元のサイズで表示します

今ある塚は場所も違うちょっと変わったレプリカです。

近所では江戸時代の街道の歴史散歩とはなりませんでした。
1




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ