road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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後期高齢者医療制度、この悲痛な叫びを聞け!

今回は、後期高齢者差別医療制度の当事者となる、ハンドルネーム「光輝高齢者」さんから頂いたコメントを掲載したい。(ご本人からの了承は得ていませんが・・・)
光輝高齢者さんから寄せられたコメントを読み、その切なる思いを多くの方々に届けたいと思いいたったからである。

開設者様。有難う御座います。
私の数々の勝手な発言を、快くご掲載下さいます事、厚く御礼申し上げます。
表現は粗雑、お赦し下さい。この国の庶民は、臨終は自宅。が当たり前でした。
私は、家族が病院でなくなったのは実母が初めて、一昨年は妻でした。
私は、人が病院で終焉を迎えることは、重篤なことでない限り非正常な事と思っています。家族が集まり共に臨終を迎える事が、大事だと考えるからです。
病院で死ぬことが已むを得ないのは、勤務地が遠くても満足に帰って来れない。日数も取れない。勤務から離れられない。嫁いだ先のこともあるでしょう。ついつい周囲に遠慮しなければならぬ勤務環境。昔とは激変した社会構造が、家族の死に対する在り様をも変えたのではないのですか?

就職したら、結婚したら、肉親矢故郷との別離。これを繋ぎ止めるのも、社会福祉や医療の一面のありようだと思います。
できない状況があるのに、在宅出産、在宅看取り。いま大声で叫ぶ人がいます。
家族を思ってではなく医療費削減の見地からでしょう。
ここぞとの政策アピール、目玉商品でしょうか。それができる社会構造に変えようとしない限り、欺瞞であり、いじましい。
複数の罹病を主病一本に集約し定額に、主治医を決めよ。今の医師は専門性が強く、他科の質問をしても返答できない人が多い。
果たして主治医として、極められた枠の中で、総合的なアドバイスを与える事ができる医師に巡り合えるのか、当の医師でさえ敬遠しているではありませんか。

ともすれば個人の営みをスポイルする社会構造を、長年に亘り推進してきた(われわれにも責任がないなどとは言いませんが)中心の人たちが、それによって莫大な権益や利益を得ているにもかかわらず、その人々の主導・発案によって、今回の制度が行われた事に、いわば兵隊として貢献してきた我々の、怒りを抑えることができないのです。

誰がやっても実負担は似たり寄ったりかも知れません。でも、思想精神が卑しいのです。若年層と老年層の埋めがたい断層をつくり、今後の国民の幸福や、医療・福祉の道筋をいとも簡単に枉げた事への怒り。失望感、喪失感といってもよいでしょう。78年目に見たものがーーーーー此れか! です。

またまた歯に衣着せず言ってしまいました。  丁度、入れ歯をはずしていましたので。
失礼いたしました。


長年にわたりこの社会のために貢献していただいた人生の先輩たちに「失望感、喪失感」を味あわせるようなこの制度。
この国の良識、あるいは良心ある人々の力の結集によって葬り去るしかないだろう。
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投稿者:eudaimonia
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