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ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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ポスト・ポストモダンの思想

現代思想は、マルクス理論の一面的な理解に始まり、それへの二項対立的な批判から発展してきた。

第一にそれは、マルクス理論の客観主義への一面化とそれに対する主体論の反撃として。必然性と偶然性の二項対立として。
下部構造による上部構造の規定、生産力=生産関係の矛盾による社会制度の発展の法則として定式化されたマルクス主義。「正統派」マルクス主義者によって、このような側面が過度に重視されていったことへの反動として登場したのが、たとえばルカーチであり、たとえばサルトルだったのであろう。
彼らの説く「主体性」は、その意味で歴史的な価値をもつ言説となった。

ところでマルクス自身は決して「主体」を軽視したわけではなかった。
たとえば、「経済学批判要綱」において彼は、「主体としての労働者」の展開過程を問題としているし、「資本論」は、壮大な労働者の主体形成の物語として読み解くことができる。マルクスは人間にとっての自由や人間性の発展が、自己に突きつけられる歴史的課題を主体として乗り越えるところに存在するという見地にたち、客観性(法則性)が主体の自由な行動を通じて実現することを見通していた。


第二は、個と全体あるいは、多様性と統一性をめぐる二項対立である。
20世紀型労働運動や前衛党における全体性や統一性の過度の重視が、多様に自己を展開し個性の自由な発展を求める人々の反発を買うこととなり、そうした経緯がドゥルーズをガタリをあるいはアントニオ・ネグりを出現させ、スピノザルネッサンスを呼び込んだ。
しかし、彼らの説く「差異」「複数性」「個体性」「広がり」といったことの価値をマルクス自身は決して視野の外には置いていなかった。
資本主義の発展の内部で進展する個の自由で多様な展開と個性の全面的開花のための客観的条件の変化を具体的に描き出し、それが現実化する社会として共産主義社会を展望していたのである。

このようにしてマルクスを再把握してゆくことは、ポスト・ポストモダンの思想(自然と人間・社会発展と主体形成の統一的把握)を我がものとする過程であり、そうしてこそ「ポストモダン」の意味もあったといえるのだろう。

文責、eudaimonia
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投稿者:eudaimonia
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