road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
九条を守ろうブロガーズリンク

カレンダー

2019
September
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

QRコード

検索



このブログを検索

カウンター

本日のアクセス
昨日のアクセス
総アクセス数

メッセージBOX

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS

マルクスと疎外

クリックすると元のサイズで表示します友人と「資本論」の勉強会をすることになり、Kマルクスの著作を読んでいる。
一昨日から、資本論と並行して「経済学・哲学手稿」を読み始めた。
3度目の「経哲手稿」だが、そのあまりの面白さに「資本論」がどこかにぶっ飛んでいってしまった。それがマルクス26才の時のメモ書きと知り、ぶったまげた。
「この人は天才だ!」としか言いようがない。

2度読書した。
・・といっても、これまでの読み方は「自分のわかる部分、興味深い部分を吸収した」という程度の読み方だった。(はたしてそれを、「読んだ」と言えるのだろうか?)
「疎外」の意味を断片的に理解した。なるほどなぁと感心させられた。
あるいは、「人間的本質の対象的に展開された富をとおしてはじめて、主体的人間的な感性の富がはじめて発達させられ」る・・などの言葉に、頭がくらくらするほど酔いしれた。

3度目の読書。ようやく読書らしくなり、若きマルクスがこのメモでいったい何を言いたかったのか?その全体像が捕らえられた。そんな気がする。
当時流行した「国民経済学」を疎外論・弁証法などの哲学で斬り、ヘーゲルの哲学を人間の物質的社会的生活に関する学問=経済学の観点から斬り捨てた。大立ち回りを演じた若き批判精神に溢れた一青年の書であると理解できた。

願わくば、マルクスがその師匠ヘーゲルやフォイエルバッハの書をそうして読んだように、その論を余すことなく理解した上でその誤りや不十分さを発展的に解決して自分の論を展開できるほどの読み方を、「天才」マルクスに対して成し遂げたい。
(あまりにも大きな事を言ってますね。野球にたとえればホームラン数の世界記録をぬりかえます、っていう宣言のような・・「天才」ハンクアーロン・「天才」王への挑戦のような・・) 



3
投稿者:eudaimonia
この記事へのコメント一覧
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
AutoPage最新お知らせ