2005/8/15

村下孝蔵七回忌メモリアルコンサート  

『村下孝蔵七回忌メモリアルコンサート』の話を聞いたとき、「お〜!ついに広島・松山でも開催されるんだ!絶対に見に行こう!!」とワクワクしていた。
正式な告知がされたとき「ゲスト:地元音楽愛好家のみなさん」と書かれていたのを見て、「へぇ〜。誰が出演するんだろう?松山は村下さんの歌を歌う人多いから盛り上がるだろうなぁ〜。」なんて他人事のように思っていた。そんなある日、シェルのマスター横山さんから「一緒に出よう。」と電話を頂いた。「え!!僕なんかが出演していいんですか?いやいや・・・恐れ多くて・・・困ります・・・。」という感じで、最初はお断りしようかと思っていた。
実際、横山さんは、村下さんがデビューする前から親友だった方。そんな方たちと一緒のステージに立つなんて・・・・。お返事はしばらく待っていただく事にした。その後けっこう悩んだ。共演ではないにしろ、村下孝蔵バンドのみなさんと同じステージに立たせてもらえるなんて恐れ多くてとんでもないこと。第一、ファンのみなさんに失礼だよな・・・・・でも、一生に一度きりの思い出になるかもしれない・・・。いやいや自分の思い出作りのために出演してどーする。一番大事なことは何だ?・・・せっかく開催されるメモコンなんだ・・・・。自分に出来ることは何?頭の中は、そんな思いがグルグルまわっていた。そして一週間ほど自分なりに色々悩んだ末に、「考えてみたら、自分は村下さんの歌を好きで歌ってるといだけで、今まで何人の村下さんの旧友の方達に可愛がってもらったことだろう?それに対してその旧友のみなさんや村下さんに何をお返しできただろう?せっかくの機会じゃないか、こんな自分だけど少しでも何かのかたちで恩返しさせて欲しい。少しでも村下さんのメモリアルコンサートのお手伝いがしたい。」という気持ちになり、メモコンに出演させてもらうことにした。
選曲は横山さんに僕の弾き語りを聴いて決めてもらった。決めてもらった曲は、横山さんが村下さんに出会ったころ、村下さんがよく歌っておられたという思い出の曲『月あかり』だった。メモコン2ヶ月ほど前の事だった。でもメモコン当日まで出演することは内緒にしておくことにした。

メモコン当日。
数日前からの喉の痛みは少し良くなったようだけど、鏡で覗いたら喉が腫れていたす。思うように声が出ない。「なんでこんな大切な日に・・・」と思いながら朝シャワー浴びて髭を剃って、お昼前に松山へ向け出発。出掛けにポツポツ落ちてきた雨だったが、しまなみ海道を渡る頃になると台風並の暴雨風となった。大気の状態が不安定なので雷雨になるかも・・・と天気予報で言ってたけど、まさかここまで荒れるとは・・・・激しい雨のためワイパーを最速にしても視界10メートルくらいしかない状態。あまりの風雨の激しさに路肩に緊急停車してる車も多かった。不吉な予感。。。でも、リハーサルに遅れるわけにはいかないので車を走らせた。シェルで横山さんと合流して、ビビットホールへ向かう。到着して緊張しながら楽屋へ入ったら「僕のような素人がこんなに親切にしてもらっていいのかな?」と思うくらいバンドメンバーのみなさんがとても暖かく迎えてくれた。。。。。恐縮です。。。。おかげで緊張しまくってた気分も少しリラックス。リハーサルを終え、やはり心配なのは喉。声が思うように出なかった。
このままでは曲の最後のファルセットが歌えそうに無い・・・憂鬱だった。でもここまで来て、やめる訳にも行かないので本番で頑張るしかないよな。。。。
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