2016/6/30

「英国のEU離脱」の投票結果の意味すること  短歌

英国がEUを離脱するかどうかを決める先日の国民投票の結果は、EU各国はもとより世界中の国々に大きな驚きと落胆と様々な影響を与えている。何と、この結果には当の英国民自身が驚き、離脱に投票した人々の中には再投票を希望する意見すら結構あると聞く。無責任な話であり、あきれ返ってことばもない。

今朝の日経新聞にもこの関連の記事がいくつか掲載されているが、その中で私は二つの記事が気になった。一つめは英国人政治コラムニストによるもので、「離脱派に統治を、委ねよ」というものである。そもそも離脱を馬鹿げたものと考えているキャメロン首相には離脱のための作業を進める資格はない。それは、離脱派が責任を持って行うべきものである、という主張である。

しかもそれは、離脱が何を意味するのかについて食い違いのない説明ができる人たちでなければならない、とする。民主主義のルールから言えば、残留派が48%いたからといって主要省庁の48%を支配する権利を得るわけではない、すべての権利と同時に説明責任を含むすべての責任は離脱派が負わなければならない、とする。

二つ目は、今回の結果があのグレートブリテンがリトルイングランドに成り下がることを覚悟しなければならない、というものである。自分たちの下した決定を引き金として、数少なくなった強みであるロンドンの金融センターの世界での位置づけも下がらざるを得ないし、英国からの独立を目指すスコットランドなどの動きもまたぞろ活発化するということである。EUからの離脱を決めた人たちにその動きを否定する権限はないだろう。

それにしても、偏狭なポピュリズム、行き過ぎた民族主義が横行する気配が世界のあちこちに見られるのは少し気がかりではある。

「梅雨空を見上げ雨傘取り出せる我の行く手はされど明るし」

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