2016/4/25

自分の意見を言うとぶつかるんだなあ  短歌

先日は、高校時代の同級生たち数人と会うために和歌山に出かけた。目的は、高校卒業後50年となることを記念した行事の打ち合わせのためである。そこには、クラス会で昨年会った人もいたが、6人のうちの半分は20年ぶりの再会である。

イベントの目的や、クラス毎に世話役を設けるなどの運営要領をメモした私の資料か奏効したのか、打ち合わせは実にスムーズに進み、開催の時期や時間帯や場所など主な点はビシビシと決まって行った。そのあとはお決まりの懇親会である。和歌山在住の物知りの案内で、とある居酒屋に入った。

一口食べて「これは旨い!」と思った。それもそのはず、その店の経営者は元は中央市場に長く勤めていた人で、毎朝市場に出かけて美味しい食材が見つかったときだけ買ってくるからである。そこまではよかったのだが、そこからは雲行きがおかしくなってしまった。というのは、メンバーの一人と議論になってしまったからである。

技術屋である彼は、打ち合わせの中での私の仕切り方に不満があったらしく、何かにつけて私にからんでくるのである。同級生だからという気安さから、私は誰にも遠慮や気遣いはなしで素直に自分の意見を述べていたのだが、どうやらその中には彼の気に入らないことが含まれていたようだ。とはいえ、こちらも自分の意見を翻す気持ちはさらさらない。

いったんは収まった議論だが、電車に乗ってからそれが再燃した。話題は私が働き始めた大学のことを批判したり、同窓会とは関係のないことまで発展するので、さすがの私も少し大きな声で反論した。最後に彼が言い出したのは、同窓会の打合せの中で彼の発言に対して冷たいと思えるような態度をとったことを持ち出してきた。

それでようやくわかった。彼が言いたかったのは実はそのことであり、その他のことは単なる刺身の妻であったのだと。何のことはない、それならそれでそのことを早く言ってほしかった。であれば、それについてはお詫びするとともにその解釈は誤解であったことをきちんと説明できたのに、と残念でならなかった。

自分の言いたいことを言うのが「自己主張」なら、言うべきことをきちんと伝えるのが「アサーション」である。彼にはそれを勉強してほしいものだ。しかしながら、その後も彼からは何ごともなかったかのように同窓会関連の連絡があるので、ホッとしている。いつか「アサーション」のことを伝えてあげたいものである。

「友ありて親しき中にも礼儀あり言ふべきことはきちんと話せ」

「久々の故郷なりや友の宴 酒よしあてよし笑顔よし」
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