2016/2/17

ニギハヤヒノミコトが選んだのは生駒であった  短歌

何でも始めることが得意な先輩社長が始めたことの一つに「古代史探訪会」というのがあり、私も昨年から参加させてもらっている。メンバーは、老若男女合わせて9名、職業もビジネスマンから独立起業家、主婦まで様々である。毎月1回例会を開き、各人が順番で研究テーマを発表している。

先日は古代史には初心者である私の担当であった。何しろ他のメンバーは昔から勉強している強者揃いである。先ずはテーマ選びでつまずいた。昔から気になっていたのは「ヤタガラス伝説」や「岩船伝説」であるが、どちらにすべきか、どちらもそれを主題とした文献や書籍が少ないこともあってなかなか絞りきれない。

期限ギリギリになってようやく「岩船伝説」に決めた。さてそれからもたいへんである。少ない資料の中から関連の強いものを取り上げて整理していく。発表資料が完成したのは例会の数日前であった。自分なりにはまずまずのできとなった。というのは、今回の研究を通じてひとつの発見をしたからである、。

それは、この国に初めて誕生した大和朝廷をつくったいわゆる「神武東征」の前に既に他地域から大和に降り立ちここを治めていたニギハヤヒコノミコトという神がいた、という伝説が残されていることと、彼が降り立ったのが大和すなわち奈良の中でも何と我が生駒市の北東部の「鳥見(とみ)」や「登美ヶ丘」や「富雄」と呼ばれる地域だということがわかったことである。しかもそのルートは、出雲から播磨を経由して生駒に至ったらしいことも突き止めた。

これには驚いた。神武の「天孫降臨」の前にニギハヤヒコノミコトの「天神降臨」があり、しかも降臨した場所が生駒市であるとは夢にも思わなかった。思わぬ収穫のお蔭で古代史に対する関心が一気に高まった。次回までには全国各地に点在する岩船伝説の場所を実際に歩いて、より一層研究の深度を深めたいと思った。

「この国の成り立ち求め岩船の伝説を知る調査進めて」

「出雲より岩船に乗り大和へと降りし神の思いをぞ知る」
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