2015/5/19

ガラケーはなくならない  短歌

最近買い替えた車のカーナビは先進的なものである。これまでのカーナビは車という全く別の物体にこれまた別の物体を取り付けるというものであったが、先般買い替えた車のカーナビは車自体にコンピュータが内臓されていて、多機能を持つコントロールステーションの働きをするもので、そのアプリのひとつとしてカーナビが位置づけられているのである。

これを「マツダコネクト」と呼び、アプリはSDカードを介して読み込む。車の電子化が進んでいることは知っていたが、ここまで進化していたとは知らなかった。カーナビは車と別ものではなく車そのものが意思を持った感さえしてくる。それくらいの進化である。

ところが、しばらくしてあることに気づいた。いいところばかりではないのである。それは、この車では前の車種まではできていたハンズフリーによる通話ができないのである。操作の間違いかと思い、何度もトライしてみたがうまくいかない。そこで先日、定期点検の折りにディーラーの営業マンとサービスマンに診てもらったのだが、2時間くらいあれこれとやっても原因がわからない。そこへ来た若い営業マンが一言。「ああ、このマツダコネクトでは携帯の機種によってハンズフリーが使えないのがありますよ。スマホならほとんどの機種が使えますが。」と言うのだ。

温厚と言われるこの私でもこの一言で愕然とし怒り狂った。というのは、このシステムの前提は車のユーザーの全員がスマホを使用しているからである。ここでも何度か書いたかもしれないが、この私は早くにスマホを体験した上でその利点と共に不便性や限界に気づいて、スマホをやめてガラケーとタブレットの二丁使いに変えたのである。また取扱説明書のどこを見てもこれに関する注意事項さえない。

このメーカーの思想の原点は、マスコミなどの論調に引かされてか、この国のマツダユーザーはすべてがスマホユーザーであるという前提でシステムを構築しているようだ。ところがどっこい、我が国のユーザーの半分以上は今も、これからもガラケーユーザーなのである。それは関係官庁の調査データにも明らかである。

つまり、今も今後もスマホ以外のいわゆるガラケーユーザーは国民の半分いるし、それは今後も変わらないのである。なのに国民全体がスマホを利用するだろうとの前提に立った商品開発をしているのは信じられないことである。これでは近年劇的な衰退を見せている関西系の電機メーカー2社と同じではないか。

ここ数年、高い技術力を持って業績を急上昇させているマツダではあるが、このままでは関西電機メーカーの二の舞になるのは必至である。ユーザーを忘れたりないがしろに会いたメーカーに明日はない。今のうちに自分達の過ちに早く気づいて軌道修正されるよう、願うばかりである。

「消費者を見ずして何の業績か一時しのぎは命も奪ふ」

「流行を追ふは悪しきと思はねど地道に足で稼ぐこそ得」
0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ