2014/6/28

「見切り」について思うこと  短歌

最近「見切り」ということを考えることが時々ある。見切りというのは、剣術などで相手の剣先が自分の身体に当たるか当たらないかを瞬時に判断できることをいう。

熟練者は自分の身体の一寸(約3センチ)くらいまでを見切ることができ、それより少しでも離れていたら全く身体を動かさずに相手の刀をよけることができるそうである。

これが気になり始めたのは、最近よく読む時代小説の影響かもしれない。また梅田などの繁華街、特に地下街で歩行者同士がすれ違うときにも見切りということを考えることがある。

昔は誰もがみごとに互いの動きを見切ってスムーズに行き違えていたように感ずる。ところが最近は、地下街で歩いていてぶつかりそうになることや実際にぶつかることが増えた気がする。これはどんな理由によるものだろうか。

一つには現代人には自己中心の人が増えたことがあるかもしれない。しかしながらそれだけとは思えないくらい見切りの下手な人が増えているのである。

見切りが一つの技術であるかぎりはそこには一定の鍛練や練習、そしてある程度の体力やも必要かもしれない。言わばそういう技を磨く気力や体力が現代人には不足してきたのかもしれない。

「すれ違ふ人の見切りの腕前に現代人の体力憂ふ」

「最近の人の見切りの下手なのは自己中心の気風のせゐか」


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タグ: 見切り 剣道 歩き方



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