2013/5/9

フォッサマグナのことがわかったぞ  短歌

昨日から今日にかけて、2年ぶりに新潟県の糸魚川市まで出かけていた。主な目的は、第64回御風忌と短歌の同人「木かげ会」の全国歌会に出席することであった。

御風とは早稲田大学の校歌「都の西北」や「カチューシャの唄」、「春よこい」などを作詞した歌人・相馬御風のことで、木かげ会というのは御風が主宰していた短歌の同人のことである。ということは、1950年に御風師が亡くなってから64年目になるということである。

もう一つの目的は、糸魚川市にある「フォッサマグナ・ミュージアム」の見学である。2年前に糸魚川市を訪れた際は時間がなくて立ち寄れなかったので、そのリベンジであった。その建物はJRの糸魚川駅からタクシーで10分くらいの小高い丘の上に建っていた。

そこには、日本がまだ大陸とつながっていた太古のころから現在の姿に至るまでの変遷が模型や映像で示されていた。それによると大陸から離れた日本列島は日本海で大陸と分断されただけでなく、糸魚川から静岡に至る線に沿った形で南北に分かれていたのが、その後2000万年くらい前に陸地全体が上昇した際にくっついて、そこに6000m以上の深さがある構造線ができたそうである。従って、その後長期間かけて土砂が埋まったそこには周囲とは明らかに土質の異なる地層が残っており、それを示す資料を集めたのがフォッサマグナ・ミュージアムなのである。

構造線そのものの幅は数10kmから100kmくらいあるそうだが、西端の「糸魚川・静岡構造線」の反対側にあたる東端はあまりはっきりとはしていないそうである。しかしその線は、北アルプスと南アルプスのすぐ東側を走っていることだけは確かであり、有力なのは「柏崎・千葉構造線」で、それに挟まれた範囲には富士山も東京都の大半も含まれるそうである。

昔から地学や地理学には興味のあるほうであったが、2時間近くじっくりと鑑賞することによりやっとフォッサマグナのことが少し理解できた。また若き日の感動が呼び起こされたような気がして大いなるロマンを感じた次第である。

ついでながら、新潟県にある糸魚川駅がJR西日本の所属であることを今回初めて知った。

「古(いにしへ)の日本の成り立ち想はるるその時の人何をか想ふと」

「新潟のフォッサマグナの歴史館廻りて吾も太古を旅す」
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