2013/7/10

相撲の発祥地  短歌

地元の近鉄電車に乗っていてふと見上げた車内吊りの広告に目が行った。そこには「相撲の発祥地・葛城市」とあり、それは近鉄電車に乗って葛城市へいらっしゃいという趣旨の、沿線の名所紹介の広告であった。そういえば葛城市の近くの二上山に登った際、同市内の当麻寺(たいまでら)の近くに「相撲博物館」というのがあったことを思い出した。

一方では先日の新聞に「相撲発祥の地とされる奈良県桜井市の相撲神社で、力士の始祖・野見宿禰(のみのすくね)の雄姿を刻んだ石碑の除幕式があった」という記事を見つけた。共に奈良県下で近い町ではあるが、どちらが本当の発祥の地なのだろうか。

日本書紀では、崇仁天皇の時代の7月7日に相撲神社の境内で、出雲出身の野見宿禰が地元の当麻蹶早速(たいまのけはや)と勝負し、野見宿禰が勝利したことが伝えられている。というわけで、どうやら日本最初の相撲をとった双方の力士のゆかりの土地がそれぞれ発祥の地と名乗っているようである。

それにしても奈良県には、相撲や日本酒などのように「日本初」や「発祥の地」が多い。しかしそれを十分に生かしきれていないばかりかそのことを知らしめようとする姿勢も弱い。同じように長い歴史を持ち文化的、芸術的な文物の多い京都が国際都市として発展しているのとは大きな違いである。これはどういう理由によるものであろうか。

思うに、それは奈良という土地柄が過去の栄華に胡坐をかいて中途半端なプライドを持っていることや、内向きで外部から知恵や力を取り入れようとしない「モノカルチャー」のせいではないだろうか。京都にも同様にモノカルチャーは感じるが、それでも京都は外部の力をうまく結集する知恵を働かせていたようだ。その結果、奈良に都があったのは飛鳥時代と平城(奈良)時代を通算してもせいぜい200年間であるのに対して京に都があったのは1000年近くにのぼるという差が出ている。

奈良県に住んで5年半になる住民の一人として、「偉大なる田舎」とも言われる奈良の発展に少しでも貢献したいと考えるこの頃である。

「我が国のことの起こりはまほろばの大和の国にあまた残れり」

「まほろばの大和の国の現状は京都に比して見る影もなし」
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タグ: 相撲 発祥地 奈良県



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