2011/8/17

エンディング・ノート  短歌

先日のハーモニカ同好会の練習日の休憩中に「エンディング・ノート」というものの存在を知った。どうやらそれは、「自分が意識不明の重体状態になった時に延命措置はしなくてよい」など「イザというときの措置」について自分自身が元気なうちにその基本方針を家族宛に書き残しておくものだそうだ。それにより、残された家族はあれこれと迷わずに対処ができるという趣旨からのものらしい。

それには、葬儀の規模などのやり方や、その際の連絡先や、遺骨の納め先、遺言書の有無までも書き込むようになっているそらしい。また驚いたことに、そういう書式はノート形式で大手の事務用品メーカーからも発売されており、結構売れているそうだ。いやはや、長寿社会となった今、意外なものがヒット商品となっているらしい。

そう言えば、今朝前々職の会社のOB会のホームページを見ていて気がついたのだが、私より2年先輩の技術者が今月7日に亡くなっていることを知った。早速何人かの先輩に確認してみると、最近ある内臓のガンが発見され馴染みの病院で手術をしたところ無事成功に終わったのだが、退院を待っていたときに急に容体が悪くなり急死されたと聞いた。春の大震災の被害に遭った東北出身の彼の母親は95才でお元気らしい。

折しも今日は、今朝届いた訃報に従って通夜に出かけた。これも前々職の同期の男性の葬儀である。昨年の秋ごろまでは元気でゴルフもやっていたし、10人くらいの常連メンバーの中では群を抜いてうまいゴルファーであった。64才での死はちと早すぎるのではないか。そういう事例を目の当たりにして、60才を越えたら誰にも「エンディング・ノート」は必要だなあと感じた。そういうわけで、早速私も「エンディング・ノート」を購入することにした。

「生前に自分の意思を明確に表はしてこそ務め果たせる」

「次々に我と変はらぬ年かさの早世を知り呑む手止まれり」
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