2010/11/10

画像流出問題が示すもの  短歌

先日から新聞やテレビでは尖閣諸島問題での画像流出について次々と報道がなされ、これについての分析やコメントが繰り返し伝えられている。流出させた人物もどうやら突き止められたようだ。また流出そのものについての評価は賛否両論に分かれている。

それについてはさておき、私はマスコミを中心とする報道のありかたについて、かねてから疑問を感じている一人である。すなわち、何でもかんでもすべてを知ろうとすることはよしとしても、知ったことをすべて公開してしまうのをよしとする風潮に疑問があるのである。

そういう我が国においても、誘拐事件など人命に関わるものに関しては、報道管制がなされたこともある。であれば、国益に関わるものについても同様な扱いがなされるべきだと考える。

折しも、先日ウィキリークスという組織がアメリカ政府の高度機密情報を大量に流出させたニュースが流れていた。これにより高度な国家機密や元兵士など何人かの人命にも影響が予測されるそうである。

北朝鮮や中国の報道管制は明らかに時代遅れであるが、何らの制限やルールもない日本の現状も大いに問題であるし、行く末が心配になる。

確かに今の政府の外交の基本姿勢や資質には不安は多いが、だからこそその足を引っ張ることだけは避けるべきではないだろうか。

「外交の力不足は否めぬが政府の責めよりマスコミの責め」

「報道は何をば伝へるかよりも伝へぬことの選別難(かた)し」
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