2010/6/24

現代「モラールサーベイ」考  短歌

昨夜は、かつての職場の同僚と二人で会食をした。彼とは本社の人事部門で、オピニオンサーベイ(モラールサーベイ)の仕事を共に担当していた仲である。年令も私より一つ下だけに何かにつけて好みや考え方も近く、また彼も所謂「修羅場」をくぐった人なので、昔からよく気が合う仲間の一人である。今回のきっかけは、私が今の仕事の関係でモラールサーベイをもう一度きちんと勉強し直したいので、私よりも長く担当しよく勉強もしていた彼に教えを乞うために時間を割いてもらったのである。

話題は、元の会社の経営動向から元の同僚や後輩の皆さんの動静まで広くに及んだ。その中で感心したのは、彼が元々の探究心や課題意識を失っていないどころか、むしろさらに一回り大きな定見を持って定年後の今の仕事に臨んでいることを知ったからである。例えば、20世紀には大きな役割を果たした日本の人事管理や人事制度がその役割を終えたかのように近年激しく姿を変え「効率中心の人事」が幅を利かせているのは、ドラッカーの信奉者が経営者の中に多いからである、と喝破していた。

そんな彼のことだから、サーベイに関する意見や見方にも大いに得るところがあり、実に有意義なひと時であった。サーベイの真の目的を知り、同時にその効果と逆効果という両刃の剣の側面がある道具であることを知り抜いていて、その道具を使いこなせる力をもっている人、もつべきはそういう友であることを思い出させてくれる時間であった。

「この夜に同じ時間を過ごしても得るもの多き友のありせば」

「世の中に宝と思ふものあれどげに誇れるはやはり友なり」
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