2010/2/7

環状線を停めた若者達  短歌

昨日は久々の、霧氷目当ての登山で大峰山の手前の観音峰(1347m)まで出かけた。その夜のことである。環状線を停めた若者達を見かけた。発車しようとした電車の最後尾の車掌に向かって大声で「電車を停めて、停めて」と叫んでいる数人の若者男性がいたのである。

その異様な雰囲気に対応して、車掌は数メートル動きかけた電車を停め、ドアも開けた。しかしその若者達は、電車に乗り込むわけでもなく何かをするわけでもなく、相変わらず訳のわからないことをわめいているだけである。乗客だけでなくホームにいるほとんどの人々が、何が起こったのかと彼らに注目している。それに対する照れ隠しかどうか知らないが、彼らは奇声を発しながら互いに飛び蹴りのような動作をしたり笑い声をあげたりしている。

ようやく電車はドアを閉め走り去ったのだが、その間およそ2分間くらいだろうか。乗客だけでなく周囲の一般市民にも大きな迷惑をかけて彼らは平気なのだろうか。おそらくは酒に酔っていたのだろうが、大の大人が酒のせいにできることではない、酒のせいで許せることではない。

一部かもしれないがこういう若者達を見ると、日本の将来が本気で心配になるのは私一人ではないと思う。昔からよく言われるとおり、酒に飲まれるくらいなら飲まないほうがいい。「公衆道徳」はどこへ行ったのだろうか?そういうことをこそ、各家庭や学校では教え、学ばせることが重要であると痛切に感じた。

躾についてさらに言えば、よく母親が「そんなことをすると○○さんに怒られるからやめなさい」と言っている場面を見かけるが、あれも考えものである。怒られるからではなく「よくないことだからやめなさい」と言うべきであろう。

「若者の特権あるを頭から否定はせぬが自制は望む」

「いつからか日本の公衆道徳は世界の中で後進国化」
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