2021/12/12

いい加減に「模範解答」から脱皮しよう  短歌

日経新聞の日曜日の文化欄に「うたごころは科学する」という欄があり、よく読んでいる。筆者は情報科学者であり歌人でもある坂井修一氏である。名前が同じということから親しみも感じているのかもしれない。

先日の当欄では、「模範解答を離れて」と題する小文が掲載されていた。「日本の大学の入試問題、特に数学や理科の問題は、それがいかに難問であっても、解くための材料がすべて与えられており、模範解答がある。一方で、我々の人生や社会の諸問題は、決断のための材料が揃っていないことのほうが多い。まして模範解答などどこにもありはしない」として、いわゆる「受験秀才」の中には30歳近くなってもこのことに気づかない人がいる、と断じている。全く同感である。

筆者も書いているように、昭和の右肩上がりの高度成長期ならともかく、今はこれでは通用するはずがない。「成績を測るものさしは過去に作られたものであり、おじいちゃん、おばあちゃんの鯨尺のようなものである。実社会で問われるのは、新しい付加価値を生む能力やイノベーションを起こす能力であって、鯨尺で測れるものではない」と筆者は続ける。

まさにそのとおりであり、近年では「最大の付加価値を生むための教育」や「イノベーションを起こす研究」がどんどん重視されてきている。筆者も「革新をもたらすのは、100点を取る精神ではない。未知の世界を切り拓く冒険心なのである」と締めくくっている。

この考え方が世の中の常識になるためには、大学入試の内容が大きく変わることが必要であり、そのためには企業や社会も求める人材像を明確に変更することが必要である。要は、戦後教育の基本の考え方と枠組み設計を社会全体で見直さないと世界に後れを取り続けることは間違いない。文科省を中心に政府を挙げた政策転換が急務である。
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