2009/9/20

「ちょい山」を愛でる  短歌

絶好の秋日和の中、昨日は「ちょい山」に出かけてきた。メンバーは、先日も木曽の御嶽山に同行した親友のIさんと、事情があって同行できなかったMさんと私の3人であった。

行き先は、彼ら二人が住む寝屋川・枚方地区からほど近い交野山(こうのざん)周辺の低山である。彼ら二人は、枚方市、私市(きさいち)経由でくろんど池を目指し、私ひとりは生駒市から高山町経由でくろんど池を目指した。

私が生駒市に転居するまではメンバー全員が同じ駅に集合し、全行程を同じく行動していたのだが、ここ2年はそれが大きく変容した。それでも、いつものとおり睡蓮池のほとりの管理棟で合流した三人は、そこいらの駅前で待ち合わせたかのように、ごく自然に合流しその後の半日を共に過ごすのである。

既にこの1月に古希を迎えたMさん、私と同期生ながら数ヵ月の時間差で62才になったIさん、そして2月までは61才の私の3人は、いつものコースをいつもの足取りで目的地まで歩くのである。

口には出さないが、全員が「いつもの東屋(あずまや:本来は「四阿」と書く)が空いていればいいのに」と願うのだが、あいにくシルバーウィークと名づけられた5連休のせいもあってか、四阿は先客に占領されていた。やむを得ず、そこをやり過ごして、次のスポットに向かった。

「定位置」というのか、そこで3人は水を得た魚のように元気を取り戻し、先ずは缶ビールで乾杯、そしてお互いの近況報告を肴に、次から次へと話し始めるのであった。下山後も、JR駅前に近いスーパー銭湯でひと汗を流し、そのあとも生ビールで乾杯である。そこにはストレスもノルマもない。あるのは、自然な感情のやり取りだけである。

これが「ちょい山」の真骨頂である。一方ではトレーニング、一方では懇親会、また一方では相互の激励会でもある。これぞ「ちょい山」の真髄と感じた。今後も、3000m峰への挑戦は続けるが、一方では何があっても「ちょい山」は続けたいものだと改めて感じ入った。

「古希を過ぎ家族に足止め食らひたる友の姿に我の先見る」

「メンバーで一番体力ある君の脱落を見て我も脱力」
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2009/9/21  6:25

投稿者:マイク岩崎

シュッシュさん、私が2度も骨折した後は、ちょこ山=ちょこっと山登り、にお付き合いいただきましたが、健康な今はやはり、ちょい山=ちょいと山登り、がいいですね。
返歌
「アラ古希もアラ還も行くちょい山は身体鍛えて心も洗う」

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