2019/11/11

風流な会話を聞きました  短歌

得意先のお会社を出て帰宅中のJRの駅前交差点の信号待ちで、後ろから「今夜は十三夜やなあ」という声が聞こえてきた。振り返ると、60から70代の三人の男女が薄暮の空を見上げて話している。つられて彼らの視線を追うと、なるほどもうすぐ満月かなという大きさの月が出ている。

三人の話は「だとしたら明日は宵待ち月やなあ」という声が続き、別の男性が「いやあ、それは違うやろ。宵待ち月というのはまた別の月やなかったか?」と掛け合っている。

そういえば十六夜は「いざよい」だったなあ、とまでは思い出したが、「宵待ち月」については名前しか知らないことに気づいた。だから三人の会話には入り込めない。

帰宅後に調べてみたら、確かに「宵待ち月」は満月の1日前の月のことで、「待ち宵月」とも呼ぶし、満月を意味する「望月」に対して「小望月」とも呼ぶらしい。

さすがは人生のベテランの高齢者三名。とかくギスギスしやすい昨今にあって、何となく風流でほのぼのとした会話を聞いたものである。

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2019/11/7

ひこばえ人生  短歌

恥ずかしながら、「ひこばえ」(蘖)ということばを知ったのは最近のことである。本来は樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のことらしいが、私が知ったのは稲を刈り取ったあとに稲の株から生える芽のことである。こちらのほうは、穭(ひつじ)または稲孫、二番穂とも呼ばれるらしい。

これを人に当てはめた場合、サラリーマンという第1のビジネス人生を終えて、その経験やキャリアや人脈を生かして第2のビジネス人生を送っている先輩社長や私の人生は「ひこばえ人生」と呼べるのではないだろうか。第1の人生の経験はノウハウは生かすが、決して第1の人生の延長線上ではないところが「ひこばえ」のひこばえたる所以である。

私の場合、独立起業してよかったこと、サラリーマン時代と大きく変わった点は次の3点である。@時間が自由になったこと(時間を柔軟に使える)、Aテーマを選べること(いやな仕事はやらなくてもよくなったこと)、B後輩たちの仕事を奪うのではなくむしろ彼らに活躍の場を提供できるようになったこと、である。

「人生100年時代」ということばが一般紙やテレビでも度々登場するようになった今、50代または60歳前後で定年などにより退職した人が、新たに独立起業する人が増えているという記事も目にしたことがある。近年の新規起業者の内で60歳以上の占める割合は意外に多いそうである。

だとすれば、今後はそうした人がますます増えるに違いない。比較的早い時期に「ひこばえ人生」を始めた我々がこれからそういうことを考える人たちのお手本にならねばならない。いやむしろ、そういう人生を送ろうという決断の背中を押してあげることや、そういう人生もあるのだよということを知らせてあげることも我々の役割なのかもしれない。

 我が家の近くの「ひこばえ」
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2019/10/29

あちこちで駅名が変わっている  短歌

この数日間で関西の鉄道の駅名が変わっているのをいくつか見かけた。一つ目は大阪メトロの「大阪梅田」(旧・梅田)であり、二つ目は京阪電車の「石清水八幡宮」(旧・八幡市)である。他には、阪急電車の「河原町」も「京都河原町」に、「石橋」も「石橋阪大前」に変更されている。

変更の日付は10月1日で、どうやら8%から10%への消費税の増税により料金表などを変更するのに併せて実施したようである。また変更の理由は、インバウンドをはじめ関西以外からの来訪者に、よりわかりやすいようにするためだと聞いている。

確かに、地元の人にとっては馴染みの深い駅名であっても、その地を初めて訪れる人々にとってはわかりにくい名前や紛らわしい名前は変えたほうがいいに違いない。いやむしろ目的地がわかりやすいように表示することこそが親切で思いやりのある措置だと言うべきであろう。

一方で、地名については話は違う。行政側の効率などの都合で全国どこにでもあるような地名に変更する動きがあるようだが、その地の故事や歴史に基づく古くからの地名についてはできるだけ長く保存すべきである。

要は、同じ名前でも、それを必要とする人や必要とする目的によって考えることが大切なのである。
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2019/10/23

母の納骨式を終えて  短歌

一昨日は和歌山市内の妙法寺で、年末に満93歳で亡くなった母親の納骨式を行った。私と弟のそれぞれの夫婦だけの寂しい納骨式であったが、無事に終えることができたので、今はホッとしている。昨日会ったある人からは、「葬儀の時も当然寂しさは感じるが、納骨式を終えるとそれ以上の寂寥感を感じるものですね」と言われたが、まさにそのように感じる。

法要を行った妙法寺というのは、和歌山市内の寺町というお寺が密集した町のほぼ中央に位置し、紀州藩の学者であった祇園南海師のお墓があることでも知られている。ここのお墓は、父親が生存中に自分で見つけてきたお墓である。だからこれまではお墓には29年前に亡くなった父親だけしか入っていなかったのだが、この度やっと2人目が入ったことになる。

法要と納骨のあと、住職としばらく話し込んだ。先ずは、葬儀は大みそかであったため菩提寺であるこのお寺ではなく葬儀場から紹介してもらったお寺さんに頼んだのだことのお詫びを申しあげ、その後も長らく正式な連絡をしていなかったこともお詫びした。住職は、この前電話で話した時ほど怒ってはいなかったが、それでも「連絡だけは当初の段階から欲しかった」と繰り返し苦情を言われた。

落ち着いて考えればその通りで、これからも一周忌などの法事をやるときにはこのお寺のお世話にならなければいけないのだから、先ずはここへご連絡をしたうえでその都度はどこに依頼するかを決めればよかったかもしれない。

次に、「お盆の生駒の仏壇へのお参りに来ていただくことついては遠隔地のためご遠慮したい。お盆にはこれまでも我々がここのお墓に参りに来ているので、それでよしとしてほしい」と述べると、それについては快く了承が得られた。というのは、大阪や奈良などからの依頼も減ったし、お盆というのは時期が集中しているため、数件のために1日を費やすとほかのお宅へのお参りの時間が少なくなるので、今年からは和歌山以外のお宅へのお盆参りは辞退することにしたそうである。それを聞いてホッとした。

お互いにわだかまりがなくなったところで、一周忌の日時の予約をして解散となった。実家も引き払った今、地元とつながるわずかな機会が法事である。これを疎かにせず、ついでに菩提寺の住職を怒らせることのないようにうまく付き合っていかねばならない。また葬儀の折は大みそかのことなので、親戚のほとんどには連絡もせずに執り行ったが、今回の一周忌にはその不義理もお詫びしつつ主な親戚へは案内も出すようにしようと、弟夫婦と話し合った次第である。
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2019/10/18

患者の「うまく診てもらう能力」  短歌

北アルプス縦走を実現するために6月初めから通い始めたカリスマ鍼灸師の受診は今日で累計20回となった。おかげで、北アルプス後もいくつかの近畿の低山に登ったが、快調そのものであり、日常生活や仕事の上でも前向きに考え積極的に行動できるようになったのだから、ありがたいかぎりである。

今日も門真市の鍼灸院まで電車で1時間半近くかけて受診してきたが、そこでカリスマ鍼灸師から「北村さんは、患者としての、うまく診てもらう能力が高いですね」と言われた。

毎回の診察の前には「最近の様子はどうですか?」と問診があるのだが、私の回答が適切なため診察する側としては適切な処置ができる、という意味らしい。

そう言えば、先日の問診の様子は「同じ痛みでも最近のそれは湿布薬を貼れば収まるようなものに変わってきました」という私の答に対しカリスマ師は「ああ、それは痛みの原因が段々深いところから浅いところに移ってきているからです。もう少しですね」というものであった。

今日の問診の応答は「最近は腰痛を感じる時のほうが半分を切るくらいに少なくなったので、たまに痛みを感じるくらいになりました。またその痛みの種類は腰の奥のほうで、どーんと重いタイプです」に対して「腰のほうの治療はほぼ終わりかけているので、今日からは肩や背中など上半身主体に切り替えましょう」というものであった。

またこういうこともあった。ある日の夜は、いつもならベッドに入ってすぐに感じる背骨のギクッという激痛がなかったので、翌朝にその旨をメールで報告したところ、「わかりました。昨日はある新しい治療法を試したのですが、それが効いたのかもしれませんね」との返答であった。

なるほど、医師でも名医と言われる人はパソコン画面や検査データ表を見るだけでなく、手を当てること(手当て)と問診がうまいと聞いている。診察する側にも上手いと下手があるとすれば、診てもらう患者の側にも上手いと下手があるのかもしれない。片方だけで治すのではなく、双方が協力してこそ治療の効果があるのだなあと感じた。

同じことは、職場での上司と部下にも当てはまるような気がして、生半可なセミナーよりは得るものが大きかった半日であった。
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