2020/6/24

母校の同窓会長に就任して  短歌

先日、母校の和歌山大学経済学部の同窓会の会長選挙があり、それに当選して会長に就任した。実質的に活動しているのは2〜3割かもしれないが、登録上は全国に25000人もの大所帯の同窓会である。

私の所信表明では、会の意思決定のメカニズムを見直して周りから見えやすくすること、様々な課題の解決に当たっては一部の役員だけで決めないで若手や地方支部など広く衆知を集めて取り組むこと、同窓会や母校で起こっているできことをSNSなども活用してタイミングよく広報すること、などを掲げたのだが、それが若手や地方支部小規模支部の会員の支持を得たようである。

早速、母校に出かけて学長と学部長にご挨拶をさせていただいた。ご両所からは、大学と学部が置かれている厳しい現実を改めて訴えられ、協力を要請された。当日は事務方の課長職の方々とも打ち合わせをし、同窓会として生活困窮学生への支援ができないかということを打合わせしてきた。まあこれが会長としての初仕事になった。

次には、公約どおり現在抱えている課題を列挙して、5名の副会長(東京、東海、神戸、和歌山、大阪の支部長)にその重要度と緊急度を考慮して「優先度」を検討してもらうように依頼した。2年間の私の任期中にできることとやるべきことを選別するためである。

そのための会長副会長会議も従来は年1回であったが、上記の課題を本気で解決しようと思えばそれで足りるはずがない。WEB会議やメール会議も動員してこれからは毎月1回はコミュニケーションを図ることにする。

課題は山積している。誰かが「火中に栗を拾うようなもの」と表現したが、まさにそうかもしれない。しかし青春時代を過ごした母校、お世話になった母校のために少しでもお役に立てるのならそんなことは厭わずに一つでも多く解決し整理して前進させたいものである。
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2020/6/15

西大寺駅の変貌に感動だ  短歌

一昨日の土曜日は3ヵ月ぶりに京都駅前まで移動した。コロナ対策のため休会していた所属登山会の再開に向けての立て直し会議と懇親会のためである。併せて、1名の新入会員を歓迎する場でもあったのだが、懇親会特に外飲みでのそれは何と3ヵ月ぶりのことである。

7名の参加者の顔はどれも久々の外食外飲みで、緊張しながらもピカピカと輝いているように見える。会議は、会長の準備と会員のみんなの協力のお蔭で円満かつスムーズに進行した。そのあとの料理は新鮮な魚が中心でうまいの一言に尽きる。またそこに出される日本酒もプレミアムなものが含まれていて、ついつい飲み過ぎてしまった。

とまあ、大満足な一日であったのだが、当日の感動はそれだけにとどまらない。それは移動の途中の大和西大寺駅で電車を乗り換えた時のことである。奈良線のホームから階段を上がったところにあったコンビニがどこかに移転して見当たらない。そればかりか2階のコンコースの様子がどうも以前とは違うのである。

周囲を見回しているうちにようやく何が起こっているのかが理解できた。そう、駅のコンコースが大幅にリニューアルされていたのである。そう感じて歩き回って見ると、あんなに入り組んでわかりにくかったコンコースや改札口が、実に広々とした空間になりスッキリと変貌していたのである。

いやあ、3ヵ月も経てば世の中は変わるものだなあ、と感動した。件の会長ならさしずめこう叫んでいたことだろう。「士別れて三日なれば刮目して相対すべし」と。

 1階ホームから上がったところからの、広々とした改札口方面
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 改札口を入ったところから、奥のエキナカショッピングコーナーを見渡す
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2020/6/13

貧すれば鈍するなあ  短歌

今朝の新聞に、あの大手家電メーカーの審査不正の記事が出ていた。それによると、住宅向けインターホンで、警報音の安全性審査を不正に合格させていたことがわかったそうである。

三重県の津工場で生産している集合住宅向けインターホンの一部製品で、災害時などに警報音が鳴る機能に関して、消防法に基づき工業会が定める音圧を、実測値ではなく予測値で入力していたのである。

不正は2142件にのぼり、少なくとも20005年から続いていた。20年3月に従業員の指摘で判明した。同社によれば、製品の性能には問題ないとして、リコール(回収・無償修理)はしない方針だそうである。

当該の企業は、この10年以上業績の低迷に喘いでいる。そこへ持ってきて今回の不始末である。これを称して「貧すれば鈍する」ということばしか浮かんでこない。

企業が凋落するときというのは、得てしてこんな末路をたどることが多い。ましてやその発覚が内部告発ということなら、客観的材料は揃ったようなものである。

何とか再生を期待はしているが、この調子ではそれは裏切られることも覚悟しなくてはいけないかもしれない。創業者も草場の陰で嘆き悲しんでいることだろう。寂しいかぎりである。
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2020/6/9

月曜始まりのカレンダー  短歌

仕事のためにカレンダーや手帳を使うのは当然のことなのだが、12年前に独立起業してからのそれらは「月曜始まり」のものを使うようにしている。しかもそれらは高橋書店のものに決めている。

いうまでもなく一般的なカレンダーや手帳というものは、日曜始まりであるが、ビジネスをする立場では週の始まりは日曜日ではなく月曜日だ、との認識からそのようにしているのである。10年以上もこれが習慣化すると、リビングにかけてある日曜始まりの一般的なカレンダーを見ると違和感を感じる時があるくらいである。

月曜始まりのカレンダーでは、休日に当たる土曜日はブルー、日曜日は赤色に印刷されている。手帳も同様である。何でもないようだが、週休2日制が大半となっている大企業では休日である土曜と日曜が並んで表示されている方が多くの人にとっても実感に合うのではないだろうか。まして、土日の連休でどこかに旅行に出かける場合などは、矢印を付けた書き込みもやりやすいはずである。

ところが今でも一般的なカレンダーが日曜始まりになっているということは、週休2日制がまだ十分普及していなかった時代の遺物なのだろうか。

いずれにせよ、たかが道具されど道具である。ビジネスマンにとっての道具は武器でもある。武器にこだわるのは武士としてのたしなみというか、大切にしたいこだわりではある。
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2020/6/7

「ひこばえ」の一年  短歌

昨年の秋に「ひこばえ」を知り、そのあとも近所でひこばえのある場所を通るたびに定点観測的に写真を撮ってきた。そうすると、秋には青々としていたひこばえが放置されたままで、12月になると枯れ尽してくる。しかし形はそのままという状態が続くのだが、春を過ぎふと気づくとそれが掘り返されている。当然、ひこばえの形は消えてしまう。と思っていたら、その1ヵ月後の5月末には田んぼに水が入り田植えが行われていた。

考えれば、「ひこばえ」の一年は秋に始まり冬を越したのちに翌春で終わるのだなあ。そしてまた収穫後の秋から新しい一年が始まるのだなあ、と気づいた。くだらないことだろうが、感動した。

 19年10月20日 稲刈りのあと青々としたひこばえ
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 19年12月19日 枯れ果てたひこばえ
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 20年 5月14日 掘り返された田んぼ
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 20年 5月24日 田植えの直後
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