2013/6/28  21:34

2010年 エッセイ  書き物 エッセィ小説等


2010年2月 宮古毎日「遊楽」新聞掲載


君のDNAの瞬間

 先日、生命誕生の番組を見た。
画面の中の膨大な数の精子の中で、受精して人間になるのは一個だけだ。
映像の持つ力に圧倒された。
先頭きってスタートしても酸の海で溺れたり、貪食細胞というアメーバのようなのに食べられたり、せん毛に妨害されたり道に迷ったり、そもそもゴール地点に卵子が居なかったり、人間になる最初の一歩もなかなか大変だ。
筑波大学名誉教授の村上和雄先生は著書の中で「両親の多くの遺伝子からあなたが生まれてくる確率は、1億円の宝くじに100万回連続して当たったのと同じ」とおっしゃる。
これはすごい。生まれてきている人たちはみんな大当たり。超ラッキーで超エリート。
でも、実感が伴わない。生まれたら生まれたで、競争がある。
生まれる前に成し遂げた競争ほどは熾烈でないにしてもね。

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 「高田さん、悩みなんて無いでしょ?」と言われるほど厚かましいお年頃になった私だが、悩める少女だった頃もあるのだ。
自分が意味の無い存在のように思えて、この先だって楽しい事なんて在るんだろうかと憂う思春期。
初めて遺伝子という言葉に触れた当時、私は「私というひとりの人」であるけれど、父から半分、母から半分、受け継いだ遺伝子を詰め込んだ箱でもあるんだなぁと思った。
「私という箱」自体は見栄えが悪くても、容れ物である以上はそれだけで意味がある。
よくは分からない理由だけど、そうやって自分を励まして過ごした時期も、今となっては懐かしい。

 私たちの持つ遺伝子の95%以上が「意味の無い、あるいは意味の分からない」物で、残りの5%程も全て働いているわけではないそうだ。
例えば思春期には、男は男らしく、女は女らしくなって来るように、それまでOFF状態だった性ホルモンの遺伝子がいっせいにONになる。
そうやって、時期を待つ遺伝子があり、何かの刺激でポンっとフタが開く遺伝子があり、ただ持っているだけでずぅーっとONにならないものも在る。
「ただ持っているだけ」じゃ意味が無いように思うかも知れないが、世代交代を繰り返して人間が生きていると言う事自体が、在るかもしれないし、無いかもしれない「人類規模の危機」に対応するための遺伝子を、順繰りに生き永らえさせていると言う事でもある。

 
 齢五十を過ぎ、直接的なDNAの拡散は若手に委ねる事となったが、最近、「体外DNA」みたいなのがあるんじゃないかと思うようになった。
他者の英知に触れて感化されたり、触発されたりって、DNAを受け継いでいく事に似ている。
誰かがその人生でまっとう出来なかった研究を、若い誰かが継いで行ってくれる事。
音楽をはじめとする芸術作品が、世代を超えて人々に感動を与える事。
それらは連綿と続く塩基配列と、そこに発現する遺伝子情報のようだ。
それに、ちょっと欲張って、こんな事も考えてみたりする。
私のこの文章を読んで「なんかDNAって面白そうじゃん」って思った読者の中に、もっと詳しく知りたいと思う子どもたちがいて、次世代の研究者が生まれるかも知れない。
何がきっかけで、ポンっと花開くかわからない。半世紀生きてきて、本当にそう思う。

下記の書物が市立図書館にある。はじめの一歩として、読みやすい本だと思う。何かひとつ「へえ〜」って思えたら、まずは大成功。ぜひ手にとって見てください。

『生きているわたし心と体9命が生まれる』
『マンガでわかる最新ポストゲノム100の鍵』
『驚異の小宇宙・人体1 生命誕生』
『ゲノムビジネスとは何か!』




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