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2007/5/2

『マイ・シネマトグラファー』  映画道

『マイ・シネマトグラファー』
TELL THEM WHO YOU ARE

2004年アメリカ映画 95分
監督・ナレーション台本・撮影・製作:マーク・S・ウェクスラー  
ナレーション台本・編集:ロバート・デマイオ
出演:ハスケル・ウェクスラー、マーク・S・ウェクスラー、マリアン・ウェクスラー、コンラッド・L・ホール(撮影監督)、コンラッド・W・ホール(息子)、パメラ・イェーツ(ドキュメンタリー制作者)、ビリー・クリスタル、ジョージ・ルーカス、ジェーン・フォンダ、マーティン・シーン、デニス・ホッパー、リー・タマホリ、ロン・ハワード、ノーマン・ジュイソン、シドニー・ポワティエ、ポール・ニューマン、アーヴィン・カーシュナー(監督)、アルバート・メイズルス(監督・撮影監督)、ピーター・バート(パラマウント元副社長)、スタッズ・ターケル、ヴァーナ・ブルーム、ビル・バトラー、ソール・ランドー、マイケル・ダグラス、ミロス・フォアマン、エミール・ド・アントニオ、ジョン・セイルズ、エリア・カザン、ジェームズ・ベケット、ジュリア・ロバーツ、ダニー・モーダー(ジュリアの夫・カメラマン)、トロイ・ギャリティ(ジェーン・フォンダの息子)、ジョナサン・ウィンターズ、スコット・サカモト(助手)




2003年、カリフォルニア州カルヴァーシティ。『バージニア・ウルフなんかこわくない』『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』の撮影で2度のアカデミー賞に輝き、ハリウッドのウォーク・オヴ・フェームにも名前を刻んだハスケル・ウェクスラー。2番目の妻マリアンの息子であるマーク・S・ウェクスラーは、有名人の息子として苦悩しながらも同じく撮影監督の道を進み、カメラを通して父と向かい合うことを決意する。シカゴの裕福な家庭に育ったハスケルは、第二次世界大戦で従軍した後、父の援助で開設したスタジオでドキュメンタリー制作を始めた。その後、ハリウッドに渡り、『アメリカ アメリカ』、『夜の大捜査線』などの撮影を手がけた後、『The Bus』で映画監督としてもデビュー。シネマ・ヴェリテの手法を用いて『アメリカを斬る』、『ラティノ』といった問題作を撮り続ける。その我の強さゆえ監督と対立することも多く、『カッコーの巣の上で』では途中で降ろされたこともあった。息子の撮影に対しても、あれこれ注文をつけるハスケルは、マークの差し出した契約書にも完成版を見てから署名すると言ってのける。親子は反戦デモに参加するため、サンフランシスコに向かう。左派の父に対し、マークは大統領専用機エア・フォース・ワンの取材を通して大統領と一緒に写した写真を大事にするなど政治的な思想は正反対。なぜデモに来たのかを話そうとする父だったが、息子に夕焼けがきれいだから戸外で撮影したと言われ、激しい口論となる。

この邦題、間違いなく息子が偉大な父を撮ったドキュメンタリー『マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して』から頂いているよな(笑)。
大きく違うのは、『マイ・アーキテクト』が父の死後、数々の証言を集めてその実像に迫るものだったのに対し、こちらの父は本篇中にもある通り、言わば“主演スター”の扱い。
あれやこれや注文をつけながらも、そのいずれもが正論。契約書に署名しないと言いながらも、息子の作品を気にかけているのがよく分かり、愛情が窺える。
お互いカメラを持って撮影しあうなんていうのもこの親子ならでは。
色盲だったというのも驚きの事実だったが、アルツハイマー病を患って施設に入っているマリアンに逢いに行くシーンで、涙を流していたのも印象的だった。

一つ気になったのが、ハスケル・ウェクスラーさんの年齢。本篇では2003年に80歳の誕生日を迎えるところからスタートしているが、資料では1926年生まれとなっている。年齢詐称か?(笑)
あと、チラシなどには「『アメリカン・グラフィティ』を撮った男」なんて書かれていたけど、この作品にはヴィジュアル・コンサルタントとして参加はしているが、撮影監督ではない。一体、どうしてこんな間違いが堂々とまかり通ってしまったんだろう。
公式サイトも見られなくなってるし…。


★★1/2
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