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2011/5/30

『恍惚の人』  映画道

『恍惚の人』

1973年日本映画 104分
監督:豊田四郎
製作:佐藤一郎、市川喜一
原作:有吉佐和子(新潮社版)  脚本:松山善三
撮影:岡崎宏三  美術:小島基司  録音:原島俊男
照明:榊原庸介  音楽:佐藤勝  整音:西尾

立花家は、84歳の茂造、その息子夫婦の信利と昭子、子供の敏が同居していた。茂造は老妻が死んで以来、ますます老衰が激しくなり、他家へ嫁がせた自分の娘の京子の顔さえ見忘れていた。それどころか、息子の信利の顔も忘れ、暴漢と錯覚して騒ぎ出す始末。突然家をとび出したり、夜中に何度も昭子を起こしたりする日が何日か続いた。昭子は彼女が務めている法律事務所の藤枝弁護士に相談するが、茂造の場合は、老人性うつ病といって老人の精神病で、茂造を隔離するには精神病院しかないと教えられた。昭子に絶望感がひろがった。ある雨の日、道端で向い側の塀の中からのぞいている泰山木の花の白さに見入っている茂造を見た昭子は胸を衝かれた。茂造には美醜の感覚は失われていない、と昭子は思った。その夜、昭子がちょっと眼を離している間に茂造が湯船の中で溺れかかり、急性肺炎を起した。だが、奇跡的にも回復、昭子の心にわだかまっていた“過失”という文字が完全に拭いとられた。そして、今日からは生かせるだけ生かしてやろう……それは自分がやることだ、と堅い決意をするのだった。病み抜けた茂造の老化は著しくなった。そんな時、学生結婚の山岸とエミが離れに引っ越してきた。茂造は今では昭子の名さえ忘れ“モシモシ”と呼びかけるが、何故かエミにはひどくなつき、エミも色々と茂造の世話をしてくれるようになった。しかし、茂造の奇怪な行動は止まなかった。便所に閉じ篭ってしまったこと、畳一面に排泄物をこすりつけたこと……。ある日、昭子が買い物で留守中、雨合羽の集金人に驚いた茂造は恐怖のあまり、弾けるように外へ飛び出した。血相を変えて茂造を捜す昭子の胸に、迷子になり母の姿をみつけた少年のような茂造がとび込んできた。それから二日後、木の葉の散るように茂造は死んだ。「家が臭い」と無遠慮に言う京子に、敏は「臭いから良いんだ。お爺ちゃんがいるようで」と反論する。昭子は茂造を思い、小鳥に「もしもし」と語りかける。そしてその頬には一粒の涙がこぼれ落ちるのだった。【「キネマ旬報映画データベース」より】

刊行当時、社会現象となった有吉佐和子さんの同名小説を映画化。

老人介護の問題をいち早く扱った作品としても知られるが、なるほど、これは現在観てもまったく色褪せていない(作品自体はモノクロだけどね。笑)。もちろん施設やら制度やらに違いはあろうが、自分の親のことなのに無関心な子供たちや一人、介護を押しつけられる嫁といった構図は今でも見られるものだろう。
また、オムツを買いにいった昭子が近くの文字が見えなくなっていることに気づき、老眼鏡を作るくだりは妙にリアルで、介護する側にも忍び寄る老いというものを感じさせた。

59歳で84歳の役を演じた森繁久彌さん、孤軍奮闘する高峰秀子さんの演技は秀逸で、特に終盤、雨の中を昭子が茂造を探しに行くくだりは見入ってしまった。
カメラワークも凝っており、影を強調したり、雨で視界がぼやける様を表現したり、様々な試みがなされている。高峰秀子さんのエッセイによれば、豊田監督は体が弱っており、森繁さん、高峰さん、撮影の岡崎宏三さんの3人で本作を作ったようなものだそうなので、岡崎さんが自分の好きなようにやったということかも(笑)。

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