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2011/3/24

『サラエボ,希望の街角』  映画道

『サラエボ,希望の街角』
na putu

2010年ボスニア=ヘルツェゴヴィナ・墺・独・クロアチア映画 104分
脚本・監督:ヤスミラ・ジュバニッチ
撮影:クリスティーン・A・メイヤー  編集:ニキ・モスベック
美術:ラダ・マグライリッチ、アミル・ヴーク
音楽:ブランコ・ヤクボヴィッチ
出演:ズリンカ・ツヴィテシッチ(ルナ)、レオン・ルチェフ(アマル)、エルミン・ブラヴォ(バフリヤ)、ミリャナ・カラノヴィッチ(担当医ナジャ)、マリヤ・ケーン(祖母)、ニナ・ヴィオリッチ(シェイラ)、セバスチャン・カヴァーツァ(デヨ)、イズディン・バイロヴィッチ(ユスフ)、ルナ・ミヨヴィッチ(バフリヤの結婚相手ディヤ)


  


航空会社の客室乗務員として働くルナと、空港の管制室に務めるアマルはサラエボで結婚を前提に同棲生活を送るカップル。アマルを愛するルナは、一刻も早く彼の子供を授かりたいと望んでいた。幸せそうな2人だったが、かつてこの国で起きた“ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争”によって、心に深い傷を負っていた。目の前で両親を殺され、避難民として過ごしたルナ。過酷な戦場を経験し、弟を失ったアマル。2人とも、戦争の酷い記憶を拭うことができずにいた。そんなある日、戦争体験の後遺症からアルコール依存症に陥っていたアマルは、勤務中の飲酒が原因で6ヶ月間の停職処分を受けてしまう。一方、医師から人工授精を勧められて悩むルナ。ある日、停職中のアマルが、かつての戦友でイスラム原理主義者のバフリヤから仕事を紹介されたと言ってくる。仕事場が遠く離れていることもあり、ルナはそれを断るように頼むが、彼は1人で出かけてしまう。そのまま音信不通になるアマル。彼を追って現地に向かったルナは、車とボートを乗り継いで彼らのコミューンに辿り着く。だが、黒いベールで全身を覆った女性たちが男性から隔離されている生活は、彼女の目には奇異に映った。ようやく再会したアマルは、ここの生活にすっかり馴染んで、今では酒を断ったと言う。数週間後、サラエボに戻ってきたアマルは、熱心にモスクに通い、欠かさず祈りを捧げるようになる。別人のようになったアマルを理解しようと努めるルナだったが、心の溝は埋まらない。ある夜、酔って街を彷徨った彼女は、紛争で受けた心の傷、長らく心の奥底に封印してきたトラウマと向き合うことになる。そしてもう一つ大きな問題は、未来のために今どのような選択をすべきか、ということだった。自分は本当にアマルを愛し、彼の子供を産むことを願っているのか。苦しみながら自問自答を繰り返したルナは、覚悟を決めてアマルに自らの意思を告げる……。【「キネマ旬報映画データベース」より】

『サラエボの花』のヤスミラ・ジュバニッチ監督最新作。

ボスニア=ヘルツェゴヴィナの半数近くを占めるボシュニャク人はほとんどがイスラム教徒ということで、本作の主人公ルナもアマルもイスラム教徒。ただし、女性が肌を露出するなど、どちらかというと緩やかな感じで、我々日本人が仏教徒と言っているのとあまり変わらないような印象。
ところが、アマルが車をぶつけたことがきっかけでかつての戦友に再会したことから話は大きく変わってくる。アルコールのセラピーに通わなければいけないような状態だったアマルが、バフリヤに誘われるままに湖畔のキャンプ地で子供にPCを教える仕事に就き、そこで暮らすうちにイスラム原理主義に染まっていく。
別にイスラム教だけが危険というわけではなく、宗教というものはこのように人を変えてしまう恐ろしさを持っている。アマルがもし普通の精神状態であれば、このようになっていたかどうか。もっと遡って言えば、紛争による心の傷がなければルナと幸せになっていたかも知れない。

原題は「路上にて」といった意味合い。
一体、この邦題をつけた人はどこから「希望」を見出したというのだろう。


★★

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