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2010/8/29

劇団M.O.P.『さらば八月のうた』  演劇道

劇団M.O.P.最終公演『さらば八月のうた』

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【京都公演】
2010年8月28日(土)・29日(日)
京都府立文化芸術会館
全席指定:5,500円

作・演出:マキノノゾミ
舞台美術:奥村泰彦  音楽:川崎晴美  音楽製作:鈴木ひさし
照明:大川貴啓  音響:堂岡俊弘
衣裳:三大寺志保美  ヘアメイク:武井優子
舞台監督:橋本律子、藤吉成三

出演:キムラ緑子(神崎カオル/宮下そら子)、三上市朗(矢代良一/高校生・工藤/若い男/プロデューサー)、小市慢太郎(柴田陸朗/ワイワイぼういず1/傷病兵・小林)、林英世(シヅ江/同級生・ヨシエ)、酒井高陽(高校生・政本/高木/落語家・酔嬌師匠)、木下政治(高校生・田中/ラジオの男/漫才師・ダイ吉/村井少佐)、奥田達士(高校生・大山/幾太郎)、マキノノゾミ(高校生・牧野)、勝平ともこ(ユキ子/漫才師・コウメ)、白木三保(桜島モモエ/女子高生B/婦長)、岡村宏懇(佐々木/ワイワイぼういず3)、友久航(番組スタッフ/高校生・荒井/ボーイ/ワイワイぼういず2/傷病兵・山崎)、塩湯真弓(ナース/ウェイトレス/キヨ子)、永滝元太郎(小嶋)、美輝明希(リポーター・竹本チナミ/看護婦1)、塩釜明子(女子高生A/カナ子)、神農直隆(良一の主治医/高校生・鬼塚/松岡)、清水秀一[日替わりゲスト]


2009年8月。週末の女王ことDJの神崎カオルと僕(しもべ)の構成作家・柴田陸朗が出演するラジオ番組に金沢の老人ホームから一通のメールが届く。それは入居者の老人がよく口ずさんでいた歌を調べてレコードをかけて欲しいというものだった。その歌詞に聞き覚えがあるカオルは時間内に探すと豪語する。◆2000年、リポーターの竹本チナミが横浜港に係留されている寒川丸から中継している最中、桜島モモエに付き添われてゲスト出演するはずだった作曲家・矢代良一が息を引き取る。◆2005年、寒川丸には“八月会”で集まったシヅ江、小嶋、高木の3人の老人は、連絡が取れない松岡の到着を待ち侘びていた。やがて閉館時間となり、決まりとなっている「別れのうた」を歌う3人。小嶋と高木は松岡が今朝、亡くなったことをシヅ江に伝える。◆1976年、静岡の高校生だった柴田とその友人たちは修学旅行で寒川丸にやってくる。柴田が気に入った広島の女子高生に話しかけやすくするために、一芝居うとうとする友人たちだったが、女子高生と同じ高校の男子生徒に取り囲まれる。隠れていた柴田はどうすることもできなかった。◆2010年、柴田にドライブに誘われて寒川丸に来たカオルは、柴田が番組の終了を告げようとしていることを悟る。5年前に妻を亡くした柴田は、番組が終わったら結婚しようとカオルにプロポーズする。◆1960年、寒川丸でラジオの野球中継を聴いている男がいる。新聞記者の若い男はラジオの男に注意し、リルケの詩集を読んでいた女性・ユキ子と話し始める。女性に振られた男はユキ子に『太陽がいっぱい』のチケットを渡し、転勤が決まった大阪について批判を繰り広げる。大阪出身のユキ子は腹を立ててチケットをつき返すが…。◆1990年、カオルと高知から出てきた同級生のヨシエは寒川丸で待ち合わせをする。第二室戸台風で両親を亡くし、大阪から高知の祖父のもとにやってきたカオルにとってヨシエは無二の親友であり、ヨシエはカオルの番組に“イチゴのアップリケ”のペンネームでハガキを出し続けていた。再会を喜ぶ2人だったが、些細なことから喧嘩別れをしてしまう。◆1932年、シアトルを発った貨客船・寒川丸には演奏旅行帰りの宮下そら子とキヨ子の姿があった。作曲家の矢代から歌を贈られたというそら子は帰国後の結婚を夢見るが、それは手切金代わりで、矢代はカナ子と結婚するつもりでいた。自殺をしようとしていた船乗りの幾太郎は、矢代に殴りかかる。◆1943年、寒川丸は慰問団を乗せてシンガポールに向かっていた。慰問団の中には、帰国後、幾太郎と結婚し、“そら・幾太郎”のコンビ名で夫婦漫才をしているそら子がいた。ワイワイぼういずのバンマス・矢代と再会したそら子は、幾太郎と離婚して矢代とやり直すと宣言し、弟子のダイ吉・コウメを驚かせる。しかし、電報で妻の妊娠を知った矢代は態度を変える。◆1945年、病院船として多くの傷病兵を運ぶ寒川丸。敵船に追尾され、村井少佐の命令で自沈も覚悟する一同。その場に居合わせたそら子は、一同の要望に答えて幾太郎との夫婦漫才を披露し、幾太郎が歌詞をつけた「別れのうた」を歌うが、歌い終わった後に倒れこんでしまう。1950年、矢代と漫才師を辞めたダイ吉は「別れのうた」のレコード化を幾多郎に持ちかける。了承しながらも、あの歌を歌えるのはそら子しかいないという幾多郎の思いを汲み、矢代はレコード化を断念する。◆2010年、番組が最終回を迎える直前、柴田は「別れのうた」について調べ上げる。亡き妻の両親がそら・幾多郎の弟子、ダイ吉・コウメだったのだ。更にカオルは自分がなぜ、その歌に聞き覚えがあったのかを思い出す。

1984年に同志社大学の第三劇場OBを中心に旗揚げされた劇団M.O.P.の解散公演。解散自体は3年ほど前から発表されていたが、解散の年に旗揚げ公演の『熱海殺人事件'84』以来、その作品をよく上演していたつかこうへいさんが亡くなるとはこれも何かの因縁か。

客入れ時から主宰のマキノノゾミさんと旗揚げ公演メンバーで本日の日替わりゲストの清水秀一さんがラジオ番組風にトーク。劇団結成に至る経緯の中で、1982年に第三劇場の卒業公演として上演した『熱海殺人事件』の話が出ていたけど、楽日には新町別館小ホールに300人が入ったというのは驚き。

それを引き継ぐ形でDJ神崎カオルの番組がスタート。
ザ・スパイダースの「夕陽が泣いている」やRCサクセションの「雨あがりの夜空に」がかかる中、カオル役のキムラ緑子さんと構成作家役の小市慢太郎さんとの息もぴったりなやりとり。

そこから主な舞台は横浜港に係留されている寒川(さむかわ)丸(氷川丸がモデル)に移り、年代もあちこちに飛びながら、様々なエピソードが綴られていく。
二幕に入ってからは、戦前から戦後にかけての寒川丸およびある歌についての話が中心になり、打ち切りが決まったカオルの番組の最終回で調査結果が発表される。
カオルの番組は26年続いたという設定で、これは言うまでもなくM.O.P.の活動期間と重なる。番組終了後に日替わりゲストの清水秀一さんが喧嘩別れした友人の息子・島田一五郎役としてカオルに花束進呈。このあたりはもう現実がオーバーラップして万感胸に迫るものがあった。これまで日替わりゲストを務めた土田英生さんや山内圭哉さんがゲストなのに重要な役とツイートしていたのもなるほどと納得。

キムラ緑子さんは本当にすごかった。
特に1945年、このままでは自沈するしかない病院船に残ると兵隊に訴えかけるシーンはぐいぐい引き込まれた。しかもその後で、RCサクセションの「エンジェル」がかかるものだから、色々なものが込み上げてきてしまった。

マキノノゾミさんはデカかった(笑)。
髭を剃っての高校生役で、制服姿で照れくさそうに大きな体を小さくしていた。広島の高校生に名前を聞かれて「栗塚旭です」という嘘に大ウケ。

終演後は劇団員一同による楽器演奏。
場内はもちろんスタンディングで手拍子。
その後のアンコールではマキノノゾミさんも言葉にならないといった面持ち。最後に劇中に出てきた「別れのうた」を歌おうということで客席も含めての合唱。歌詞を覚えている人が多いことにびっくり。

最後ということを抜きにしても非常に素晴らしい舞台だった。
劇中、小市慢太郎さんがラジオの奇跡について話すくだりがあったが、演劇の奇跡、引いては人と人とが繋がっていることの奇跡を感じられる作品だった。
名古屋公演がほとんどないこともあって、これまで一度も観てこなかったことが悔やまれるが、最後の瞬間に立ち会えて望外の幸せであった。
26年間、本当にお疲れ様でした。




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