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2009/3/27

『懺悔』  映画道

『懺悔』
მონანიება/Покаяние

1984年ソヴィエト連邦(グルジア)映画 153分
脚本・監督:テンギズ・アブラゼ
脚本・音楽:ナナ・ジャネリゼ  脚本:レゾ・クヴェセラワ
撮影:ミヘイル・アグラノヴィチ  美術:ギオルギ・ミケラゼ
出演:アフタンディル・マハラゼ(ヴァルラム・アラヴィゼ/アベル・アラヴィゼ)、ゼイナブ・ボツヴァゼ(ケテヴァン・バラテリ)、エディシェル・ギオルゴビアニ(サンドロ・バラテリ)、ケテヴァン・アブラゼ(ニノ・バラテリ)、イア・ニニゼ(アベルの妻グリコ)、メラブ・ニニゼ(息子トルニケ)、カヒ・カフサゼ(ミヘイル・コレシェリ)、ニノ・ザカリアゼ(エレネ・コレシェリ)、ナノ・オチガワ(少女時代のケテヴァン)、ダト・ケムハゼ(少年時代のアベル)






なれた手つきで教会をかたどったケーキを作る一人の女性ケテヴァン。傍らの男が新聞を広げ、素晴らしい人が亡くなったと叫ぶ。そこには一人の男、ヴァルラム・アラヴィゼの写真が載っていた。彼はケテヴァンが幼かった頃から、市長であり、偉人として崇められていた人物だった。ヴァルラムの葬儀には多くの人が参列し、彼の息子アベルは周囲から父をたたえる言葉をかけられる。翌朝、アベルは妻の叫び声で目を覚ます。庭に出ると、墓から掘り起こされたヴァルラムの遺体があった。墓が暴かれる事件はその後2度続いたため、墓はアベルとその息子トルニケ、そして警察によって厳重に監視された。しばらくして轟く銃声。トルニケが発した弾が犯人の肩に命中、取り押さえられた犯人はケテヴァンだった。法廷にケテヴァンは自信に満ちた姿で現れ、自らの行為を認めつつも、掘り起こしたことは罪ではないと主張、心の奥底に封印していた過去を語り始める……。当時8歳だった彼女は、画家である父サンドロと美しい母ニノと共に幸せな生活を送っていた。しかし、政治的、文化的にも明晰な理念を持つサンドロが、文化遺産である老朽化した教会の修復をヴァルラムに申請したことを機に、生活に不穏な空気が忍び寄る。そんなある日、鎧を纏った男たちが現れ、サンドロは連行される。何者かが彼を無政府主義者だと告発したのだ。残されたニノは夫の無実を訴えるが相手にされず、消息も分からぬまま知人や友人も次々に粛清されていく。そして遂に、ニノも逮捕された……。法廷でケテヴァンは、ヴァルラムの罪を糾弾する。彼女への非難の怒号が渦巻く中、トルニケだけは動揺を隠せなかった。彼は自分の家族が犯した罪を知り、アベルを責め立て、その後、祖父の形見の猟銃で自殺する。アベルは自らヴァルラムの遺骸を掘り起こすと、崖から谷底深くに放り投げるのだった。【「Variety Japan」より引用】

ソヴィエト連邦下にあったグルジア共和国で1984年に製作された作品がようやく日本で公開。1987年に公開されてソ連国内で大ヒットし、カンヌ国際映画祭では審査員特別グランプリなどを受賞。

グルジア共和国と言うと、最近、国名の表記をロシア語読みの「グルジア」から英語読みの「ジョージア」に変えるように日本政府に要請したというニュースがあった。独立後の今ではそうして反ロシアの旗色を鮮明にすることができたが、当時はやはり何かと制約も多かったのだろう。
ケテヴァンの裁判後、最後に冒頭のケーキ作りのシーンに戻り、長ーい夢オチ(?)のような体裁を取っているのも何らかのエクスキューズとしか思えない。
その代わりと言っては何だが、亡くなった市長と同名のヴァルラム通りへの道を尋ねるお婆さんを登場させ、その通りが教会に通じていないと知ると、「教会に続かない道が何の役に立つの?」と言わせている。
映画にはその時代、その国の色が反映されるので、やはり公開当時、あるいは解禁当時に観たらもっと違った見方になったのだろうな。あと、20年以上前に作られたせいかどうかは分からないが、役者の演技がみなオーバーアクト気味に感じられた。

そういえば今回、初めてグルジア語の文字を見たような気がする(『13/ザメッティ』の時はどうだったっけ?)。偉いもので、見ているうちに「ი」が「i」の音だなぐらいのことは分かった(笑)。


★★1/2
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タグ: 懺悔 ソ連 グルジア



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