芦川いづみさんデビュー65周年記念 DVD10タイトル発売!

2008/12/14

大河ドラマ『篤姫』最終回「一本の道」  『篤姫』道

原作:宮尾登美子「天璋院篤姫」
脚本:田渕久美子
音楽:吉俣 良
テーマ音楽演奏:NHK交響楽団  テーマ音楽指揮:井上道義
演奏:弦一徹オーケストラ  題字:菊池錦子
時代考証:原口 泉、大石 学  建築考証:平井 聖  衣裳考証:小泉清子  脚本協力:田渕高志
撮影協力:鹿児島県、鹿児島県鹿児島市、茨城県つくばみらい市、博物館明治村
所作指導:西川箕乃助  武術指導:林邦史朗  香道指導:三條西堯水
仏事指導:金嶽宗信  写真指導:山本一夫  馬術指導:田中光法
華道指導:杉本康子  書道指導:望月暁云  手芸指導:山本恭子
薩摩ことば指導:西田聖志郎  御所ことば指導:堀井令以知  京ことば指導:井上裕季子
資料提供:德川記念財団、尚古集成館、京都造形芸術大学、東京国立博物館 伊牟田志香人、野本禎司、竹村 誠
語り:奈良岡朋子

出演:宮﨑あおい(天璋院)、瑛太(小松帯刀)、小澤征悦(西郷隆盛)、原田泰造(大久保利通)、堀北真希(静寛院)、樋口可南子(お幸)、岡田義徳(島津忠敬)、ともさかりえ(お近)、中嶋朋子(重野)、高橋由美子(唐橋)、原田夏希(お琴)、岩井友見(歌橋)、小林麻子(しの)、スズキジュンペイ(木戸孝允)、安倍麻美(常磐)、コロッケ(太助)、三谷昌登(千吉)、稲葉さゆり、澁谷晶己、細川あゆみ、岡島亜紗美、渋谷宏美、柴垣亜希、吉武怜朗(徳川家達)、私市夢太(徳川家達)、長谷川愛美(近衛泰子)、高橋 平(小松清直)、中村柊芽(小松安千代)、幸塚瑠菜、枝川吉範、今吉祥子、ゲオルグ、劇団ひまわり、キャンパス、セントラル子供タレント、若駒、テアトルアカデミー、稲森いずみ(滝山)、高畑淳子(本寿院)、山口祐一郎(島津久光)、片岡鶴太郎(岩倉具視)、北大路欣也(勝麟太郎)
出演(回想):堺 雅人(徳川家定)、松田翔太(徳川家茂)、長塚京三(島津忠剛)、佐々木すみ江(菊本)、玉木 宏(坂本龍馬)、沢村一樹(小松清猷)、平 岳大(徳川慶喜)、余貴美子(英姫)、鶴田真由(志賀)、河野安郎(島津忠冬)、岩本千波(於一)、古本新之輔(後藤象二郎)、真野響子(フク)、中村梅雀(井伊直弼)、松坂慶子(幾島)、高橋英樹(島津斉彬)

制作統括:佐野元彦
プロデューサー:屋敷陽太郎  美術:山口類児  技術:市川隆男  音響効果:西ノ宮金之助
撮影:溜 昭浩  照明:中山鎮雄  音声:渡辺暁雄  映像技術:片岡啓太
記録:水島清子  編集:佐藤秀城  美術進行:山尾 輝
演出:佐藤峰世




明治元年(1868)12月。赤坂・紀州屋敷。
唐橋が天璋院たちに西洋のパルファム(香水)を見せている。噴射された匂いを嗅ぐ天璋院だが、本寿院は何の腹の足しにもならないと渋い顔。
江戸城を出た天璋院は本寿院、歌橋と暮らしていた。
そこへ勝が鮭を持ってやってくる。
何よりのお歳暮と喜ぶ本寿院。勝が酒も持ってきたことに上機嫌となり、部屋を出て行く。
勝に暮らし向きを尋ねられ、何とかやっていると答える天璋院。
勝は駿府では当初、食うや食わずだったが、田畑を開き、商売を始めるなど新しい暮らしを始め、家達は武芸、学問に励んでいると話す。
徳川宗家は駿府70万石に国替えとなり、新しい当主となった亀之助は家達(いえさと)と名を改めていた。
元号が明治となり、江戸が東京となって、帝が江戸城に入った。大奥に住んでいた頃がどんどん遠くなると感慨深げに言う天璋院。
庭の東屋に座る天璋院と勝。
政はどうなっているかと聞かれた勝は、新政府は日本国を一新すべく権力を一手に握ろうとしているが、思うようにいっていない、中心となるのはやはり薩摩だと言う。
薩摩、鶴丸城。
帯刀は久光に版籍奉還について説明していた。領地を朝廷に差し出し、藩主が知藩事として任命を受ける。久光たちの立場は帝の直参となると帯刀。小松家の領地・吉利と鹿児島の屋敷を返上することにしたという帯刀に、小松家の先祖に申し訳ないとは思わないのかと久光。過去にとらわれていては新しい日本国は作れないと帯刀は言うが、西洋の猿まねをしているだけのように見えると久光。
それでも帯刀はこれから我が国は大きく変わる、率先して版籍奉還を行えば薩摩の先見の明を天下に知らしめることにもなると久光に平伏して懇願する。久光は帯刀に思うとおりにやってみるがよいと言う。
嘴の黄色い者がえらいことを始めたものだ。西郷や大久保など軽輩風情が幅を利かせていると申すではないかと口にする久光をよそに、急ぐので失礼すると頭を下げて出て行く帯刀。
腰を下ろし、畳の上に置いた地球儀を見る久光。兄上が夢見ていた新しい日本とはこうしたものだったのでしょうかと地球儀を回す。
この後、薩摩は版籍奉還を実行に移し、日本は近代国家へと生まれ変わろうとしていた。


あれ? 明治になったせいか、久光がちょっと大人しめですね(笑)。

明治新政府。
我らは突き進むべきだと主張する大久保利通に対し、まだまだ財政が安定していないと反対する木戸孝允。岩倉具視も改革を急ぎすぎているのではと危惧する。新政府からは西郷が離れ、大久保たちによる急激な改革は多難を極めていた。
東京・赤坂紀州屋敷。天璋院は勝から西郷が薩摩に帰っていると聞く。
更に帯刀が病気になり、大阪で療養中と聞いて帯刀の身を案じる天璋院。
帯刀がいないため、政府の混乱は更に深まっているようだと勝。
大阪・大阪医学校。新政府での激務の中、病気となった帯刀は西洋医学の治療を受けていた。ベッドの傍らにはお琴と安千代。
いつになったら治るのか、やらねばならないことはまだまだあると聞く帯刀に、焦ってはいけませんとなだめるボードウィン医師。
紀州屋敷。部屋に入り、唐橋に勝から文が聞いていないかと尋ねる天璋院。
唐橋が駿府で忙しくしているのでしょうと答えていると、女中が来客を告げる。
勝かと思う天璋院だったが、女中は客が薩摩から来たと答える。
天璋院が客間に入ると、お幸と忠敬が待っている。
天璋院を於一と呼び、無礼をと平伏すお幸。天璋院はお幸の顔を上げさせ、「於一でよいのです。私は母上の娘の於一のままでございます」と言う。
どうしても一目会いたくて来たというお幸と抱き合う天璋院。
天璋院は部屋の奥に目を遣り、しのも来てくれたと喜ぶ。
お前のような粗忽者が大奥を統べていたとは信じられないと言う忠敬に、天璋院は私もですと笑う。
部屋で忠敬に酌をする天璋院。薩摩の城に上がる前の夜、忠敬に酌をしたことを思い出し、父上にももう一度お会いしたかったと懐かしむ。
徳川宗家が今あるのは天璋院が力を尽くしたおかげと聞いたというお幸は、よく頑張りましたねと言うが、天璋院は己の役割を果たすこと、一方聞いて沙汰しないこと、考えても答えが出なければ感じるままにせよという母からの教えを守ってきたからこそ折々によい道が開けたと答える。
「あなたの母であることを誇りに思います」とお幸。
お幸は後に薩摩の今和泉家で安らかに息を引き取る。60年の満ち足りた人生だった。
明治3年(1870)3月。
菩薩像を見る天璋院。勝は天璋院に、母上は薩摩に帰って欲しいと願っていたのかも知れないと言うが、天璋院はそれを言わぬのが薩摩おごじょの誇りなのだと答える。


この辺はフィクションでしょうね。
それにしても天璋院も徳川の人間になったからとは言え、一度くらいは帰郷してもよかったように思うのですが。このドラマほどの親子関係はなかったということでしょうか(笑)。

明治政府。
有能な者たちに働いてもらうためには廃藩置県を断行するしかないという大久保に、それには藩主たちに座を退いてもらわねばならず、自分たちでできるかと問う岩倉。人望厚く、力のある人物に出てきてもらわねばならないと言う木戸に、それは西郷かとつぶやく大久保。
大阪医学校の一室。
帯刀が文を書いている。
傍らのお琴が心配するが、西郷と大久保に2人が力を合わせなければ新政府がうまくいくはずがないと伝えなければないと書き続けようとする。
咳き込み、血を吐く帯刀。お琴は医者を呼びに行く。
赤坂の屋敷。
天璋院が蝋燭に火を灯し、菩薩像に手を合わせている。
お守りを握り締め、涙を流しながら帯刀の病がよくなるように祈る。
朝。大阪医学校の病室。お守りを握って帯刀が寝ている。
ノックの音がして、お近が入ってくる。
驚いていると、安千代を連れて入ってきたお琴が文を差し上げたと言う。お琴はこれまでお近に帯刀の様子を知らせていたのだった。
しばらくは2人で看病するというお近。涙を堪え、安千代を抱きしめるお琴。
「2人とも、すまぬ」という帯刀を見て微笑みあうお近とお琴。
赤坂の屋敷。縁に座り、夕焼けの空を見ている天璋院。
帯刀の容態が悪化したのはそれから間もなくのこと。
帯刀は手を握っているお近に頼みがあると切り出し、安千代を小松家の当主としたいと言う。お前の手で薩摩の地で育てて欲しいと言われ、しっかりと育て上げてみせますと約束するお近。お前には感謝するばかりだと言う帯刀に、お近は夫婦ではありませんかと言う。
帯刀は天井を見上げ、「楽しい人生を送ることができた。様々な人に出会い、様々なことを成し遂げられた。素晴らしい日々だった」と回想する。お近はお別れのようなことを言わないでと言うが、帯刀は「別れなのだ。後を頼むぞ」と言うと眼を閉じる。
そこへ肉を買ってきたお琴がやってくる。帯刀が息を引き取ったことに気づき、ベッドに駆け寄り、帯刀を見つめるお琴。
小松帯刀、享年36だった。
赤坂の屋敷。
洋服姿の大久保利通が待っていると、天璋院が来る。
立派になられてと言う天璋院に、今日は薩摩の大久保正助としてやってきたという利通。
まさかと感づく天璋院に、大久保は帯刀が亡くなったと告げる。最後の最後まで日本国の未来を案じていたという帯刀の遺志を継ぐつもりだと言う大久保。
大久保を乗せた馬車が通りを去っていく。
天璋院はふらつく足で廊下を行き、部屋に入ると座り込む。お守りを握り締め、帯刀との会話を思い返しながら、「尚五郎さん…」と嗚咽をもらす天璋院。


まぁ最終回ですからね、どうしてもこういうシーンの連続になってしまいますよね。
それにしても36歳。若過ぎます。

鹿児島。
西郷が帯刀からの文を読み終えると、大久保がやってくる。
大久保は西郷の前に座り、内ポケットから帯刀からの文を取り出す。
目を合わせる西郷と大久保。
明治4年。西郷は中央政界に復帰、大久保とともに廃藩置県という荒療治を実現へと導く。
そして家達は廃藩置県によって静岡の知藩事を免ぜられ、東京に戻った。
天璋院に挨拶をする家達。天璋院は今日から母だと思って下さいと言うが、母ではなくおばあさんでしたと言い直す。それを聞いて本当はひいおばあさんと笑いあう唐橋と歌橋。
本寿院は徳川家が駿河の国を失ったと泣くが、天璋院は家族ともに暮らすことができるからよいではないですかと慰める。
天璋院は家達に武士としての修練のみならず、新しい時代にふさわしい教育を施した。
家達が英語の勉強をしていると、勝の来訪を告げられる。
勝と2人で外を歩きながら、新政府は士農工商という身分制度を撤廃し、四民平等を行き渡らせるために職業選択や土地売買の自由などを取り入れたことを知らされる天璋院。風通しのいい国を作ろうとしているが難しいことも多く、苦労しているのが西郷。大久保、木戸、岩倉らは海外を回っており、留守を任された形となっていた。
明治6年(1873)10月。
西郷が天璋院に別れの挨拶をしにやってくる。
薩摩に帰るという西郷に理由を尋ねると、政治は向いていないと答える。
自分がいると大久保が思い通りに政治を行えないという西郷。古いものを安々と捨てられず、他の者と衝突してしまうという西郷は、大久保とも意見が違うようになってきたと話す。
西郷は、帯刀がいてくればとどれだけ考えたか分からない、帯刀は自分を脇に置いて他の者を大切にする清廉潔白な心を持っていたと続け、天璋院の恩は生涯忘れないと両手をついて江戸攻めを思いとどまらせたことへの礼を述べる。


結局、帯刀の文の効力も2年ほどだったということですか(笑)。
そういえば数年前、勝田政治著『廃藩置県−「明治国家」が生まれた日』(講談社選書メチエ)という本を読んだことがあります。
なんで読んだんだろう(笑)。

明治7年。静寛院が東京に戻ってくる。
家達の教育を任せきりにしていることを詫びる静寛院に、天璋院は家達の成長を見守るのが何よりの喜びだと答える。
そこへ洋服姿の家達がやってきて挨拶する。
イギリスに留学するため英語を勉強しているという家達を頼もしく思う静寛院。
ほどなくして2人と勝は揃って出かける。
3人を乗せた人力車が芝居小屋の前に止まる。小屋の者に迎えられる天璋院と静寛院。
屋敷。勝に芝居の感想を尋ねられ、静寛院は大変面白かったと答え、天璋院もまた観に行きたいと言う。
互いにご飯をよそいあい、微笑む天璋院と静寛院。
夕方。仏間に向かい、静寛院が手を合わせている。傍らに天璋院。
家茂は初めて会ったときから江戸で生きていけるかもしれないと思わせてくれた人だったという静寛院は、天璋院と家茂の仲睦まじさに焼きもちを焼いていたと言う。天璋院は、家茂は家定を失った悲しみから救ってくれた方だったと話す。
この家は手狭で静寛院を迎えることはできないが、これからも付き合って欲しいと言う天璋院。もちろんですと答える静寛院だったが、この後32歳という若さで亡くなる。


これから3年後のことですね。
いやぁ、仲良くなってよかったですね、銭形姉妹(笑)。

明治7年(1874)10月。
この頃、新政府は海外に目を向けていた。
天璋院は勝から、大久保が清国との戦争を回避すべくかの地に出向いていることを知らされる。戦は避けられそうかと尋ねる天璋院に、大久保なら何とかするだろうと答える勝。大久保は一人で日本国を背負っているようなものであり、富国強兵、殖産興業、西洋諸国に負けない強い国を作るというのは斉彬の願いでもあった。
徳川家では、家達が近衛家の泰子(ひろこ)と婚約する。
写真屋となった太助は表情の硬い泰子を笑わせて記念写真を撮影する。
唐橋に呼ばれて客間へ行くと、滝山、重野らが顔を揃えている。家達の婚約祝いに駆けつけてきたのだった。
天璋院に今までどうしていたのかと尋ねられた滝山は、実家に身を寄せたが一家を構えたくなり、養子を迎えたと言い、養子夫婦を紹介する。
そこへ本寿院と歌橋がやってきて、滝山との再会を懐かしむ。
天璋院は重野に向かい、元気にしていたかと尋ねる。天璋院がまだ薩摩に連れて行けずにいると言うと、重野はいつまでも気長に待ちますと答える。まだ独り身だという重野に時々顔を見せてくれるように言う天璋院。
ふく、くわ、かよも挨拶をすると、遅れて常磐が女の子と赤ん坊を連れて来る。
滝山は皆、天璋院のお陰で幸せに暮らしていると言う。天璋院は自分のお陰などではないとしながらも、それを聞いて嬉しく思うと答える。
そこへ写真屋が挨拶に来る。天璋院は一同で写真を撮ることを思いつく。
「今日は最良の日じゃ」と写真に収まる天璋院。


おお、こんなところで太助が再登場するとは。
こんな記念写真を撮るあたりがホームドラマですよね(笑)。

明治10年(1877)9月。鹿児島・城山。
西郷が新政府に不満を抱く薩摩藩士たちのために挙兵。世に言う西南戦争で命を落とす。
西郷の死により、武士の時代は幕を降ろす。
明治11年(1878)5月14日、東京・紀尾井町。
大久保が政策に不満を持つ者たちの手によって命を奪われる。
屋敷で仏壇に向かい、手を合わせる天璋院。もうこれ以上大切な人を見送りたくないと涙を流す。
唐橋が薩摩からの文を持ってくる。裏にはお近の名前。
お近は清直と名を改めた安千代と穏やかな日々を送っていた。
天璋院が心を痛めていることを気遣いながらも、帯刀が残してくれた物をふと思い出したというお近は、江戸に向かうときお守り代わりに渡した香木を天璋院に受け取って欲しいと送ってきたのだった。
お近は人の志は香木のように長い時を経ていつか思いがけぬ人へと伝わっていくものだとして、息子に帯刀や兄・清猷、西郷、大久保、龍馬、天璋院ら多くの人たちの志を伝えていこうと思うと書く。


大久保が襲撃されるシーンのテロップで、明治11年が1879年になってましたね。最終回でこんなミスをするとは…。
公式サイトによれば再放送時には修正されるそうで。

そして5年の時が流れ去る。
天璋院が肌着を縫っていると、勝が来る。
家達と泰子が子供を授かったと聞き、「続いていきますなぁ」と勝。徳川の家族が続いていくことは、亡き家定の心を子々孫々に伝えていくことを我が道としてきた天璋院にとって何よりのことだった。
人の幸せとは地位や名誉まして財産などではなく、気の置けぬ友や家族とともに過ごす穏やかな日々の中にこそあるのだという天璋院の言葉に涙を堪える勝。
天璋院といると生きることに勇気が湧く、この世とはむなしいことつまらぬことなど一つとしてないのだと気づかされると言う勝に、誰もが天命、果たすべき何かを持ってこの世に生まれてくるのだからと言う天璋院。
そして…。
天璋院がランプの明かりのもと、産着を縫っている。
手を止め、顔を上げて笑みを浮かべる天璋院。
まぶたが下りてうとうとと居眠りを始める。
天璋院がその天命を全うし、この世を去ったのは明治16年(1883)11月20日のこと。
享年49だった。


というわけでついに終わってしまいました。
大河ドラマが近年にないほど話題を集めたのはやはり宮﨑あおいさんの魅力によるところ大ですね。一心同体となるほど篤姫という役にのめりこんだという彼女ですが、来年2月には映画『少年メリケンサック』でまた新たな一面を見せてくれそうです。この先、どんな女優さんになっていくのかますます楽しみで仕方がありません。
次のNHK連続テレビ小説『つばさ』でヒロインを務める事務所の後輩・多部未華子さんも同様に成長していって欲しいですね。もはやお父さん目線ですが(笑)。


「篤姫紀行」
〜幕末を駆け抜けた二人〜鹿児島県日置市、東京都台東区
小松帯刀の墓、お近の墓、お琴の墓、清浄寺、阿弥陀(あみだ)如来像、天璋院葬送之図(東京・德川記念財団蔵)、寛永寺、篤姫(天璋院)の墓、徳川家定(温恭院)の墓
語り:内藤裕子アナウンサー  演奏:吉俣良×吉嶺史晴
1



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ