その7からの続き。
←頂上から降りたサブドームと言われる場所から見える景色。ずっと向こうの山までヨセミテの敷地内。
日本人と思われるおばちゃんすれ違ってしばらくすると、また下りの列が止まった。今度は何だろうと思っていると、下りラインの30mくらい下方に、黒っぽい物体が見えた。
よく見ると、人間がうずくまっているか寝転んでいるかのように見えた。そろりそろりと列が動き出し、人間のように見える物体にだんだん近づいていってなんとなく見えてきた。
なんとネバダ滝の上で見かけた、多分日本人と思われるでっぷり太ったおっさんだった。35度以上の急勾配の中、下り側のケーブル下に仰向けに寝転んで、両手で体の上のケーブルにしがみついている。
体力が尽きたのか足がすくんで動けないのか、 →続きは、ロードブロック、をクリック
とにかくロードブロックと化した彼の上下約50mずつくらいは、まったく動きが止まってしまっている。
こんなところで立ち往生したら、自分の命どころか他人の命まで危険にさらすことになる。最初の10秒くらいはかわいそうだな、と思って見ていた。しかしそのうち、無性に腹が立ってきた。
回りにいるハイカーは、というかハーフドームにまで登ってくるハイカーは、多かれ少なかれそれなりのトレーニングや下調べをしてきているはずだ。
だがこんなところまでやってきて、他人の迷惑も顧みずケーブルを独り占めにして寝そべっている姿って、なんか間違ってないか。急勾配で危険なミストトレイルを登ってきた時点で、ルートミスしているのに気づかないのだろうか。
自分の体力と技量以上の場所へ無理して来ているから、自分の命を危険にさらすばかりか、他人までも危険な目に巻き込んでいることが理解出来ないのだろうか。
それもよりによって、どう見てもこの太ったオヤジは日本人。多分日本へ帰ったら、ハーフドームへ登ったと吹聴するに違いないが、その影でどれだけの人の命を危険にさらしているか、わかっていないのだろう。
僕ちんの周囲は例によって優しいハイカーばかりで、おっさんに注意を促す人がいなかった。このため、ふたたび僕ちんは心を鬼にして、というか顔の形相まで鬼になっていたかと思うけど、おっさんに英語で言い放った。
「ケーブル独り占めにしないで、登りの側に寄って下りの人を通せよっ」。おっさんは英語がわかったのかわからないのか、のろのろと体を起こし、上り側のケーブルに身を寄せたが、まだ立ち上がれない。
数年前、エベレストへの商業登山隊が、登頂中に瀕死の登山者を見つけながら救助しなかったとして
大批判を浴びたことがあった。
しかし少しでも上級の登山経験がある人だったら、厳寒のエベレスト頂上近くで瀕死の人がいたところで、救助するのは不可能だということは一目瞭然だ。
山の経験がなく、TVニュースや新聞でその事件を知った人にとっては、なぜ救助できなかったかは一生かかっても理解出来ないだろう。
だが、だれも救助したくなくて置き去りにするわけがない。自分の命を顧みずに8000m級の高所で救助を試みることがどれだけ危険で不可能なことか、死にゆくハイカーを見つめながら下山しなければならなかった当事者の心の葛藤はどれくらいだったのかを考えると、決して助けなかった登山隊を非難できない。
この場面を撮影したドキュメンタリー番組
「Everest Beyond the Limit」がDiscovery Channelから出ているが、これを見ると世間の心無い批判にどれだけこの登山隊が耐えなければならなかったが、分かる。
つまり、上級の山を登ったことがない人が僕ちんの上の文章を読むと、きっと「疲れはてて動けない登山者を助けもせず、中村はなんて心無いやつなんだろう」などと怒るだろう。
しかし叱られるべきは自分の体力と技量も推し量れず、無理な場所までやってきて自分ばかりか他人の命まで危険にさらしている人だろう。
35度以上の急勾配のケーブルしかつかまるものがない場所で、寝そべっている人を救助するなんてレスキュー隊でも難しい。
そういう意味でこの日本人のおっさんには、本当に腹が立った。各国のハイカーがやってくる場所で日本の恥を世界にさらして、他人の命を危険に陥れている姿を見ていて、あわれどころか心の底から怒りがわいてきた。
おい、おめーだよ、おめー。2011年9月29日にハーフドーム登ってたオメーだよ。どれだけ他人に迷惑かけてたのかわかってるかよ、このタコ。絶対許さん。
同時に登山に対する日本人の心構えって、いまだに自分さえ良ければ他人の命を危険にさらしても気にしない程度のものなのか、と思えて情けなかった。
その9へ続く。

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