▽ヨーロレリホ〜!
しかし10分も座り込んでいると

すごく身体が楽になってきた。気分も「よし、行けるかも」とポジティブになってきた。顔に熱気が戻ってきたのが分かる。水を一口飲む。胃の下へ落ちていくのを感じる。あたりはヘッドランプがいらないくらい、明るくなってきた。あと30分だけ歩こう、それでダメだったらそこから駐車場へ引き返せばいいや、と →続きを読む
気楽に考え直すことにした。
歩き始めて5分後、水をもう一口飲む。額から汗が噴き出してくるのが分かった。ああ、もう大丈夫だ、と自分にいい聞かせ歩を進めると、Kさんが坂の上で写真を撮っているのが見えた。このころには、僕の気分は爽快でまさに「ヨーロレリホ〜!」だった。

「すみません、遅れて」
「いいや、道から転げ落ちたんじゃないかと心配しましたよ」
「気分悪くなって、休んでたら吐いちゃって。でももう楽になりました」
字面だけ眺めるとなんちゅー会話じゃ、と思うが、山へ登っているときはこんな調子の会話がよくある。
▽きれいな野草が満開
ジェフリーパインと

ホワイト・ファーの木々の間を縫うようにして続く九十九折りの坂を約1時間も進んだだろうか。途中、小川をいくつか越えたが、雪解けの水がこんなに多いとは思わなかった。2マイルくらい進むと、湿原のような場所に出た。水際に咲き乱れた、名前の分からない小さなスミレのような青い花と、ペイントブラッシュの朱色のコントラストが美しい。
さらに1マイルほど進むと今度は石と砂の混じった平たんな場所に出た。Outoostキャンプ場だ。ゆっくり登山するにはここで1泊、さらにここから6イル進んだ地点にあるTrailキャンプ場でさらに1泊。登頂後は同じようにTrailキャンプ場で1泊、

Outpostキャンプ場へ1泊して合計4泊、出入りを1泊ずつ入れて合計約1週間の登山行となる。
▽1週間の行程をわずか1日で!?
しかし超人Kさんの立てた計画では、この往復22マイル(約35キロ)にも及ぶ長丁場のルートを、わずか1日で歩き通そうというものだから、計画を聞いた時点で気絶しそうになった。

というか、どこをどれだけ歩くのか、コースさえうまく理解できなかった。でももうスタートしちゃったんだから、あとはどんなに遅くなっても歩き通さなければならない。でもテントや寝袋などがなく軽装備とはいっても、距離が長い。
Outpostキャンプ場にはテントが数張り見えた。この時点で午前6時過ぎで、キャンプした人たちがようやく朝食を用意している光景を目にした。しめしめ、彼らよりよっぽど早いぞ、と1人ほくそえむ。さっきまで暗闇のトレイルでもんどりうってゲロはいてたのは誰だ。
キャンプ場から1マイルも進まないうちに、

右手に湖が見えてきた。Mirror Lakeだ。このあたりになるとなんとなく余裕が出てきて、Kさんともども沿道の野草に目を奪われ、また峡谷の織り成すすばらしい景観に見とれ、写真を撮ったりしてちょっとゆっくり過ごしてしまった。
▽水がおいしい
ここからは結構急な坂や雪解けの清浄な流れをいくつか越え、とにかく歩きに歩いた。Trailキャンプ場のかなり手前で、筋肉質のおネーちゃん2人組みに追いつかれた。「何時に出たの?」と聞かれたので、朝4時だと答えると「私たちは4時半に出たけど、あなたたちもいいペースね。グッドラック」と言われ手を振る。
このあと、きれいな流れの場所で水を汲み、

Iodineを入れて消毒。いくらきれいな流れでも、動物の糞などが入っているとひどい目にあう。用心に越したことはない。今回、初めてこのIodineの味と色を消すトリートメントも持ってきたので、試してみた。これが結構いい。薄茶色の色も薬くさい味も消え、なかなかイける味になっていた。このトリートメントがないと、Iodine特有の薄茶色で薬くさいままの水を飲まなければならず、去年はそれでかなり辟易した。
しばらく水辺の花の写真を撮っていたが、あまり時間を無駄にするわけにもいかず再スタートした。それにしても景色が思った以上に美しい。峻険な灰色の岩山を真正面に見据え、がれきのような岩くずが敷き詰められたトレイルをあえぎながら登ると、美しい雪渓から澄み切った水が噴き出してくる。その岸辺にはペイントブラッシュや小さなスミレのような花が咲き誇っており、けがれのない美しさを演出する。
炎天の下、岩がごつごつ露出しているトレイルをえっちらおっちら登り続けた。

けっこうきつい坂を1時間も登っただろうか。一気に視界が開け、目の前にマウント・ミュアーと目指すマウント・ホイットニーの頂が見えてきた。トレイルキャンプ場に到着した。壮大なスケールのキャニオンの上にそびえる灰色の峰は、正面から見ると登頂不可能なように思えるくらい、険しい表情をしている。カラフルなテントが数張り見え、フォレストサービスのレンジャーが、

進行方向左手の小高い岩の上でテントの後片付けをしているのが見えた。
▽なんですとー? 97カ所のスイッチバックぅ〜?
ここからがきつい。Trail Crestという、97カ所スイッチバックのある急坂が続く。なんですとー? 97カ所のスイッチバックですとー? あーた、97カ所と言えば、登って方向転換、また少し登って方向転換っていう原始的な坂登りを97回も繰り返すことになるんですよ。たぶん、20回くらい繰り返した時点で、頭は茫洋として記憶がなくなるとは思うんですが、誰が作ったんですか、そんなもの。と文句言っても、これがなければ登頂できないんだから文句は言えない。作ってくれた人、すみません。
さて、スイッチバックの部分のトレイルは整備はされているが、所々岩が崩れていたり、川がトレイル上を流れていたりで、なかなか歩が進まない。道端には、25センチくらいのこんもりした枝葉の上に飛び出た、丸く青い花が目を引く。名前は分からない。
急勾配と遅々として進まぬスピードに自らあきれ、このあたりから10歩あるいて1分間休むようなスペースに陥った。

先を歩くKさんのペースも確実に落ちている。
スイッチバックはそれぞれ10mから50m近くとまちまちの距離で切ってある。しかしこれを作った人たちの苦労を考えたら、本当に頭が下がる。スイッチバックは単調な登りが続きつらいのだが、見える景色はすばらしい。眼下には氷河が残る湖や白っぽい岩山に囲まれた壮大な峡谷が見える。道わきにはかわいらしい青い野草が底ここに群れて咲き乱れ、上を見上げれば目指す山頂が群青の空の中に白く浮き出ている。
▽登頂に間に合うのか?
青息吐息で

スイッチバックを登りきったときに時計を見て、愕然とした。すでに午後0時近かった。ここからさらにマウント・ミュアーの裏側を通る稜線へ出て、さらに雪渓などを越えなければ頂上に到達できない。果たして登頂して下山する時間的余裕はあるのか。途中であきらめて帰らなければならないのか。稜線に出たあたりで幻覚に襲われ始め、休むたびに眠りに陥るようになってしまった僕ちんは、果たして山頂へ到達できるのか。
続く。
※写真2、3、5、6、7はKさん撮影です。

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